■宇宙氷説がナチスに受け入れられた理由

 当然のことながら、同説に対し方々から批判の声が挙がったが、ヘルビガーは「計算は人を誤らせる」として聞く耳を持たなかった。彼への反論は全て、反動的天文学者の流布する”フェイクニュース”だとされたのだ。1957年にマーティン・ガードナーが出版した『Fads and Fallacies in the Name of Science(科学の名を騙ったばか騒ぎと誤謬)』では、ヘルビガーが、反対者の1人であったロケット工学者のウィリー・レイに対して「私の言うことを信じて学ぶか、私の敵になるかどちらかだ」と語ったと書かれている。

 最初は見向きもされなかった宇宙氷説だが、ヘルビガーのプロモーションが功を奏し、第一次大戦後から徐々にメディアへの露出が増えていった。そして、イギリス人の政治評論家でナチスの理論家だったヒューストン・スチュアート・チェンバレンに支持されたことで広く名声を得るようになる。

 ヘルビガーは1931年に亡くなるが、信奉者らは宇宙氷説をナチスのプロパガンダにより適するよう修正し、ユダヤ人の物理学、特にアインシュタインの相対性理論に対する”アンチテーゼ”に仕立てあげた。「我々の祖先である北方アーリア人は氷と雪の中で力強く生きてきた。そのため、宇宙氷説は北方アーリア人が受け入れるべき自然なアイデアである」という、やや強引な理由付けまでして。

 そんなわけで、反ユダヤ的・親アーリア的な色付けを加えられた宇宙氷説はナチス内で高い地位を獲得し、ハインリヒ・ヒムラーやヒトラーも宇宙氷説の熱烈な信奉者になっていった。オーストリアの都市リンツにヘルビガーの理論だけに準じたプラネタリウムを建設する計画まであったそうだ。ヒトラーはいつか宇宙氷説がキリスト教に取って代わると信じていたという。