オランウータンは自然を「薬箱」として利用する術を心得ているようです。
独マックス・プランク動物行動研究所(MPI of Animal Behavior)はこのほど、インドネシアの熱帯雨林にて、オスのオランウータンが薬草を傷口に塗り込んだり、貼ったりして、自己治療する様子の記録に成功したと発表しました。
このように薬効の知られている植物を使ってケガを治した事例は、ヒト以外で初めて確認されたという。
薬草による創傷治療の起源はヒトとオランウータンの共通祖先にまで遡るのかもしれません。
研究の詳細は2024年5月2日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されています。
薬草を使ってケガを自己治療するオランウータン
ケガや病気を治すために薬草を利用するのは、私たちヒトだけではありません。
例えば、ゾウは体調が優れないと抗生物質を含む植物を食べたり、ボノボやゴリラは体内の寄生虫を抑えるために特定の植物を食べることがあります。
また最近では、チンパンジーが自らの傷口に昆虫を塗っている様子も観察されました。
その一方で、医学的な処置と言える治療を行う生物はヒト以外ではまだ見つかっていませんでした。
しかし、マックス・プランク動物行動研究所のチームは、インドネシアにあるグヌン・ルーセル国立公園の熱帯雨林で驚くべき発見をします。
チームは生態調査の一環として、現地に生息する「スマトラオランウータン(学名:Pongo abelii)」のコロニーを観察していました。
すると、ラクス(Rakus)という名前のオスの右目下に大きな傷ができていることに気づいたのです。
ラクスは2009年3月に初めて発見された個体で、1980年代後半に生まれて、今では30代半ばに達していると推定されています。
研究主任のイザベル・ローマー(Isabelle Laumer)氏によると、ラクスの傷は「近所のオスとの喧嘩で負った可能性が高い」といいます。
チームがそのままラクスの観察を続けていると、3日後に予想外の行動を取り始めました。
なんとラクスはツヅラフジ科の植物の一種(学名:Fibraurea tinctoria)を選択的にちぎり取り、葉っぱを数分間噛み続けて、その汁を傷口に繰り返し塗り始めたのです。
また最終的には噛んだ葉っぱで傷口を完全に覆うという絆創膏のような使い方もしていました。
そしてこれを何日も繰り返しています。
この植物は抗炎症作用や抗菌作用、鎮痛および解熱効果を持つことが知られており、東南アジアでは昔から創傷や赤痢、マラリア、糖尿病の伝統的な治療に使われたきたものです。
そんな情報をどこで仕入れたのかはわかりませんが、ラクスはすり潰した葉っぱの汁をピンポイントで傷口に塗り込んでいました。
傷口以外には一切塗らなかったことから、これが意図的な創傷治療であることを示しています。
そして感染症の兆候もなく、治療から数週間後には完全に傷口が修復された様子が確認できたのです。
また興味深いことに、ラクスは平常時よりも多く休息の時間を取るようになっていました。
特に睡眠中は細胞の修復が促進されるため、ラクスは睡眠の効能を本能的に知っていたのかもしれません。
とはいえ、ラクスはこうした薬草による治療法をどうやって学んだのでしょうか?