洪水との闘いで得られました。
カナダのグエルフ大学(Guelph)で行われた研究によって、冬眠中のマルハナバチの女王は、水中に完全に沈められた状態でも1週間に渡り生存できる能力があることが示されました。
これまでの研究で、昆虫の卵やサナギにも一定の水濡れや水没耐性があることはわかっていましたが、成虫において1週間も水没したまま生存できた例はほとんど知られていません。
マルハナバチはいったいどのような方法で長期間にわたる水没に耐えていたのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年4月17日に『Biology Letters』にて公開されました。
マルハナバチの女王は地中で冬眠する
幼虫のエサとして花粉や蜜を集めるハナバチ(花蜂)は世界全体で2万種以上存在していると考えられており、地球上の種子植物の80%はハナバチに花粉を運んでもらう恩恵を受けています。
世界中に生息するハナバチたちは、環境にあわせたさまざまな形や大きさに進化しており、マルハナバチなどは、げっ歯類の掘った穴や倒木に開いた空洞に巣を作ることが知られています。
多くの人々が持つ「ハチの巣」イメージでは、民家などの軒下に作られるものですが、そうではないハチたちも多く存在するのです。
またマルハナバチは地下に巣を掘ることはありませんが、マルハナバチ女王だけは、地下で冬眠することが知られています。
夏の終わりにコロニーで新しくうまれた女王バチたちは、交尾が終わると地中に潜伏し、6~9カ月に及ぶ長期の冬眠に入り冬を生き延びます。
冬の間に働きバチや雄バチは死んでしまいますが、女王バチ(受精済み)だけは地下で生き延びて、新たなコロニー制作をスタートできます。
しかし長期間の冬眠は、決して安全ではありません。
地域によっては豪雨や雪解け水などによる川の氾濫で広い地域が一気に水没することがあり、地下で冬眠中の生物たちも水中に没してしまうからです。
そのためマルハナバチの女王は冬眠場所に、斜面など水はけの良さそうな場所を選ぶように進化しました。
ただそれでも対策は万全ではなく、年によっては生息地全体が洪水の被害に遭うケースも珍しくありません。
治水技術によって川の流れが制御できるようになった現在とは異なり、自然界において洪水はありふれた自然現象です。
では洪水が起こるたびに、当該地域に生息するマルハナバチは全滅していたのでしょうか?
研究を主導したサブリナ・ロンドー氏はもともと、土壌中の農薬や殺虫剤がマルハナバチの女王の冬眠に与える影響について調べていました。
マルハナバチの女王に寒い冬を生き延びる能力があっても、土壌が致死的な殺虫成分で汚染されている場合「冬眠=死」となってしまいます。
ハナバチは種子植物の80%の受粉にかかわっており、ハナバチの死滅は植物の死滅につながります。
私たちの多くは大量絶滅が起こるときには、まず植物が死んで、次に草食動物が死に絶え、そして肉食動物も死ぬと考えていました。
しかしハナバチの受粉に対する貢献度を考えると、主要な種子植物に大打撃を与えるにはハナバチを減らすだけで十分だったのです。
もし農薬や殺虫剤の乱用が拡大すれば、ハナバチの減少は加速していくでしょう。
ロンドー氏の研究は人類の自滅を避けるためにも非常に重要となっていました。
実験において、ロンドー氏はマルハナバチの女王の冬眠を模倣するために、上の図のように、チューブの底に土を敷いて女王バチを設置し、冷蔵庫で保管する方法をとっていました。
しかしある日、冷蔵庫をあけると、湿気のせいかチューブの内部に水がたまり、入れていた女王バチたちが水没してしまうというアクシデントがありました。
ロンドー氏もこのとき「女王たちはみな死んだと確信した」と述べています。
しかし驚くべきことに、水を取り除くと女王たちは無傷で目覚め、再び行動を開始したのです。
この奇妙な現象を目撃したロンドー氏は、マルハナバチの女王にはまだ発見されていない水没耐性があるに違いないと直感し、証明するための実験を開始しました。