予防戦争を招かなかった核武装の事例

このウィットラーク氏の理論は、敵国からの同じような核武装の脅威に直面したアメリカやイスラエルが、その政策決定に最も重要な影響力を行使できる大統領や首相の核兵器に関する信念により、対応が異なることをよく説明できます。

すなわち、国家の最高指導者が「核の悲観論者」の時には、敵国の核施設を叩く「予防戦争」に走りやすい一方で、「核の楽観主義者」の時には、抑止政策を選択するということです。

ただし、政治指導者の信念が国家の意思決定で果たす役割の程度については、かなり議論の余地を残しています。彼女自身も認めているように、この理論では、なぜアメリカやイスラエル以外の国家は敵の核武装を阻止する予防攻撃に傾きにくいのか、うまく説明できないのです。

大半の核拡散の事例では、予防戦争は起こっていません。ソ連やイギリス、フランスはもちろんのこと、イスラエルやインド、パキスタン、南アフリカも敵対国からの軍事攻撃により妨害されることなく核保有国になりました。

こうした核拡散のパズルについて、アレキサンダー・デブス氏(イェール大学)と故ヌノ・モンテーロ氏は大著『核政治』において、すべての核拡散の事例を詳しく調べた結果、国家の核武装を成功させる必要条件が、それを阻止するための予防戦争を敵対国に躊躇させるだけのパワーを持つことであると結論づけています。

確かに、彼らが言うように、ソ連やイギリス、フランスなどは国際システムにおける強力な主要国である一方で、核兵器の開発計画を予防攻撃で阻止されたり遅延させられたりしたイラクやシリアは、中級程度を下回る国家といえるでしょう。このことは核拡散の成否が国家間に配分されたパワーに左右されることを示しています。その一方で、国家の意思決定者に焦点を当てた理論には、核拡散の「母集団」の一部分しか説明できないという限界があるのです。

直視すべき予防戦争のリスク

こうした核拡散といった核兵器をめぐる国際政治については、優れた学者たちによる研究が急速に進んでいます。この記事で取り上げたウィットラーク氏による学術書も、その1つです。

これらの地道な実証研究の結果から今の段階で言えることは、ある国家が核武装を進めるにあたっては、①敵対国に軍事力といったパワーの指標で劣る場合、②敵対国の政治指導者が「核の悲観主義者」である場合、予防攻撃を受けやすくなるということです。

核兵器の保有に向けた計画と、それが引き起こすであろう予防戦争は、我が国にとっても他人事ではありません。この記事の冒頭で述べたように、日本人の生活に不可欠な石油の輸出先である中東地域では、イランの核兵器開発計画がイスラエルの予防攻撃を招くリスクを高めてきました。

①について、イランはアメリカとイスラエルの事実上の「同盟」に国力で劣ります。ただし、イランはイラクやシリアより国土が広く、軍事力も強力であるために、その核関連施設を武力行使により破壊することは、イラクやシリアの事例より明らかに困難であり、反撃されることに伴うコストも高くなります。このことはネタニヤフ氏やバイデン氏にイランへの予防攻撃をためらわせるよう働くでしょう。

②について、ウィットラーク氏は、「ネタニヤフが核拡散の悲観主義者であるのは明らかだ…バイデン大統領は歴史的に公の場で繰り返して、イランの核兵器を未然に防ぐ武力行使を支持してきた…彼はトランプやネタニヤフと同様、核拡散の悲観主義者である」と分析しています(『あらゆる選択肢が検討されている』、192ページ)。

実際、かつてバイデン氏は、イランの核武装を阻止するための最後の手段として、武力行使を用意していると述べました。ただし、現在のアメリカはウクライナにおけるロシアとの「代理戦争」にかなりの国力を割いているだけでなく、台頭する中国を封じ込めなければならないために、イランを攻撃することには限られた戦略的資源しか投入できませんので慎重になっています。

バイデン氏はイスラエルによるイランへの反撃作戦に参加せず、そうした作戦にも反対だとの考えをネタニヤフ氏に伝えたそうです。これにネタニヤフ氏も理解を示したということです。

しかしながら、これでイランの核開発をめぐる予防戦争の危険が消えたわけではありません。そしてイランとイスラエルもしくはアメリカが戦火を本格的に交えることになれば、これが日本に悪影響を及ぼすのは必至です。

隣の韓国では、ある世論調査によれば、7割の国民が独自の核武装に賛成しています。同時に、韓国の核武装に関するデメリットとしては、厳しい経済制裁を招くとか、米韓同盟にヒビが入るとか、核拡散のドミノが起こる、といったことが指摘されていますが、予防攻撃を受けるリスクの評価までには、ほとんど話が及んでいないようです。

しかし、核拡散に伴う最大の危険は、韓国のケースでも予防戦争の招来なのであり、そうなった場合、地理的に近い日本の安全保障は損なわれることになるでしょう。

ウクライナ戦争におけるロシアの核威嚇は、多くの人たちに核抑止の効用を再認識させているようですが、核抑止力を持つまでのプロセスにおける予防戦争のリスクとメカニズムは見過ごされているようです。

この考えたくもない恐ろしい問題に正面から取り組み、核拡散に対する政治指導者の悲観的な信念が予防戦争と結びついていることを明らかにした『あらゆる選択肢が検討されている』は、我が国で、もっと広く読まれるべきだと私は強く思います。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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