公共交通機関のなかでも、行き先を自由に指定できるタクシーはパーソナルな乗り物として位置づけられるでしょう。快適性の高いタクシーですが、周囲の目が届きにくいことから、車内では思わぬトラブルが発生することもあるようです。
実際に、全日本交通運輸産業労働組合協会が行った「悪質クレームアンケート調査」によれば、回答したタクシードライバーのうち58%が過去2年以内に利用客から迷惑行為を受けた経験があり、被害のなかには暴力行為や土下座の強要といった悪質なカスハラ(カスタマーハラスメント)も見られます。
今回はタクシードライバーの方々に、「利用客によるカスハラの実態」について話を聞きました。
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右折禁止を曲がれと言われ
右折禁止を曲がれと言われ
タクシードライバーへのカスハラとして、しばしば聞かれるのが「法令違反の強要」です。目的地へと急ぐあまり、信号無視や速度超過など、危険な行為をドライバーに命じる利用者もいるといいます。
「深夜の駅前で乗せたお客さんが、目的地を告げずに『とりあえず出して。道は教えるから』といってきました。ちょっとイヤな予感はしましたが、指示通りに進んでいたんです。
しばらく走ったあと、お客さんが『踏切渡ったら右』と指示してきて。でも、その踏切直後の道は右折禁止になっていて、右に行くにはそこから50mほど先の交差点まで進まなくてはいけません。
踏切のところで『ここは右折禁止なので、次を右に行きますね』と伝えると、『は? 遠回りすんじゃねぇよ』と怒り出し、助手席をバンッと叩いてきたんですね。踏切前後で止まるわけにもいきませんし、『お客さんの指示でも道交法を破ることはできません』と伝えつつ車を進めると、『勝手にしてんじゃねぇ、メーター止めろよ』と怒鳴り散らし、今度は運転席のシートをガンガン蹴ってきます。
罵声が止まらず、身の危険を感じ、仕方なくメーターを止め、そのまま目的地まで向かいました。途中でメーターを動かそうとしても、当然のごとく聞き入れてもらえません。料金は半額くらいになっていたと思います。
その後会社に相談し、警察に届け出る許可をもらい、ドラレコの映像を使ってもよいと言われたので連絡しましたが、民事不介入といって積極的には取りあってくれませんでしたね」(60代・ドライバー歴12年)
いくら「お金を出している側」であっても、ドライバーに法令違反を強要することはできません。しかし実際には、「指示を無視した」などと憤り、値引きの強要や支払い拒否をする利用者もいるようです。
このような理不尽な要求に対して、タクシードライバーは長年弱い立場にあったといえますが、2023年12月には日本交通株式会社が「カスタマーハラスメントへの対応に関する基本方針」を発表するなど、カスハラに毅然と対応する姿勢を強めています。
割増料金にまさかのクレーム
タクシーを利用する際には、目的地までの経路をドライバーに一任する利用者が多いと考えられます。道に詳しくない人にとっては、「適切なルートで進んでいるか」はブラックボックスのようにも思えることから、乗車料金に対して疑心暗鬼になってしまう乗客もいるようです。
「終電後の駅前でタクシープールからお客さんを乗せたところ、5kmくらい進んだところで『ちょっと高すぎるんじゃない、前はもっと安かったよ』と言い出したんですね。
深夜で料金が割増になっている旨を伝えると、『そんなの知らなかったなぁ。告知義務あるんじゃないの? 詐欺でしょそんなの』ケチをつけられてしまいました。
しっかりと法律にもとづいて車内外の表示装置に『割増』と示している点、割増率と適用時間帯を表示している点を伝えましたが、『いや俺が見てないから意味ないし』と話が通じません。
そのうち舌打ちしたり、助手席を蹴ったりもして。直感的に、下手に出ても効果がないように思えて、威嚇行為を続ける場合は降りてもらわなくてはならなくなると伝え、エスカレートする場合には通報せざるをえないというと、それ以降は何もしてきませんでした。泥酔している人なんかだとそれでも止まらないことがありますから、まだよかったですね」(50代・ドライバー歴17年)
深夜早朝(22時~翌5時)の時間帯においては、労働基準法にもとづく深夜賃金の割増分を補うため、基本的にタクシーの運賃も2割ほど高く設定されます。
なお多くのタクシー会社では、乗車料金を算出する際、「走行距離」と「経過時間」を組み合わせて計算するシステムを採用しています。
つまり、距離に応じた料金を初乗り運賃に加算するだけでなく、信号待ちや渋滞などで「時速10km以下」になった時間分の料金を加算しているのです。そのため同じルートを通ったとしても、道路状況によって料金は変動する可能性があります。
まるで「当たり屋」みたいな言いがかり
タクシーに関するトラブルとして、多く報告されているのが「無賃乗車」です。目的地に到着してから「手持ちがないからおろしてくる」といったまま戻ってこなかったり、ツケ払いを要求したりなど、ドライバーは横行する無賃乗車への対策を強いられているとのこと。
「目的地までまだ距離があるところで、突然『止めてください! ここです!』と叫ばれたので、どうにか路肩に寄せて止めました。『ここでいいんですか?』と聞くと、何やら首を押さえて『あー、いたたた』と痛がるそぶりをしはじめたんです。
どうやら急ブレーキで首を痛めたと主張したいようなのですが、はっきり要求を口に出さず、『急に止まるんだもんなぁ』とか『困るんだよ』とか独り言のように繰り返し、一向に料金を払おうとはしません。
料金を伝えても『これ病院かなぁ』とはぐらかすばかりで、会話が成り立ちそうにありません。そう長く止めておける場所でもなかったので、仕方なく、無賃乗車だと警察に相談せざるをえないと伝えると、『いや、払いますよ、払いますけど。こっちも痛めてるんでね』と、減額をにおわすような言い方をしてきて。
こちらも商売ですから、いつまでも時間を取られるわけにもいかず、『何かあれば会社の方に連絡してください』と強めに支払いを要求しました。不服そうに払っていましたが、それからとくに連絡はないですね。もしかすると私の前に、同じ手を使ってうまくいったことがあったのかもしれません」(50代・ドライバー歴9年)
このように、あの手この手で料金を支払うまいとする利用者に、タクシードライバーは日々手を焼いているといいます。
先の日本交通によるガイドラインのほかにも、タクシー業界においては名札の掲示を廃止したり、車内の様子を録画するドラレコを装着したりと、カスハラを防止する対策が進められています。運輸業界の人材不足を改善するうえでも、このようなカスハラ対策の浸透が求められるでしょう。
文・MOBY編集部/提供元・MOBY
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