方言の発生プロセスを理解するヒントに

このように発音の変化やスラングが発生した理由について研究者は、少人数の閉鎖されたコミュニティ内で交流し続けることで、お互いの話し方に影響を及ぼし合っていることが原因であると指摘しました。

私たちは誰でも他者と会話をするとき、相手の話し方や発音の特徴にさらされており、無意識的にもそれらを記憶しています。

さらにそうした交流が限られたメンバーの中で長期にわたり持続すると、互いの話し方が伝染し合い、コミュニティ内での独特の話し方が生まれるのです。

これは何も南極での隔離生活に限りません。

仲間内だけで通用するような言い回しや造語が流行るという現象は、高校の部活や大学のサークルから、ネット内のコミュニティまで幅広く確認できます。

こうした現象は「方言」が発生する初期段階に当たると見られています。

閉鎖的なコミュニティの交流が「方言」を生む
閉鎖的なコミュニティの交流が「方言」を生む / Credit: canva

その一方で、ハリントン氏は「新たに誕生したアクセントが定着するようになるには世代交代が必要でしょう」と指摘。

「子供たちは大人の模倣をするのがとても上手なので、新たな方言がコミュニティに定着するプロセスは次の世代の子供の中で拡大されます」と説明しました。

ただ南極で家族を形成して生涯にわたり住み続けるのは困難なので、「南極訛り」は一代限りで消える運命にあるかもしれません。

イギリス英語からアメリカ英語が派生したプロセスがわかるかも

またハリントン氏らは、今回の調査報告がイギリス英語からアメリカ英語が派生した秘密を紐解く鍵にもなると考えています。

イギリス英語とアメリカ英語は発音がかなり違っており、それぞれの国で作られた映画などを見ると違いが分かります。

一例として「水(Water)」の発音を挙げますと、イギリス英語は「ウォーター」や「ウォーツァー」のように舌先を弾くようなTの発音をしっかりしますが、アメリカ英語では「ウォーラー」のように鼻から呼気を抜くような発音をします。

両者の違いは以下の20秒あたりから視聴できます。

歴史的に見ると、このようなアメリカ英語の派生は1620年9月にメイフラワー号に乗ってアメリカに渡ったイギリス人植民者に起源があると見られています。

彼らは宗教的迫害から逃れるために新世界に移住を試みたピューリタン(プロテスタントの一派)であり、「ピルグリムファーザーズ」という名称で有名です。

メイフラワー号には102名のピューリタンが乗っていたとされ、彼らは現在のマサチューセッツ州プリマスに上陸し、独自の植民地を築き上げました。

「ピルグリム・ファーザーズの乗船」 ロバート・ウォルター・ウィアー(1857)
「ピルグリム・ファーザーズの乗船」 ロバート・ウォルター・ウィアー(1857) / Credit: ja.wikipedia

これが現代に続くアメリカ合衆国への始まりです。

この中で南極の隔離生活と同じように、閉鎖的なピューリタン同士の会話から現在のアメリカ英語の萌芽のようなものが生まれたと予想されています。

このように閉鎖的なコミュニティの長期的な生活が新たな方言を生むとするなら、人類が宇宙に進出する未来を考えると、「月面訛り」や「火星訛り」などが生まれるかもしれません。

参考文献

Isolated for six months, scientists in Antarctica began to develop their own accent

元論文

Phonetic change in an Antarctic winter

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。