(本記事は、亀田達也氏の監修『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』日本文芸社の中から一部を抜粋・編集しています)

自己利益の追求は社会全体の利益を損なう

●全体の利益にするためには利他的利己主義の確立が必要

長く付き合う2者の関係では、ギブアンドテイクが重要であると述べましたが、これが、もっと多くの人が所属するコミュニティの場合はどうでしょうか?

哲学者のハーディンは、共有地の悲劇という例を挙げて、この問題を解説しています。

産業革命前後のイギリスの農村には、コモンズと呼ばれる共有地があり、農民たちはそこに羊毛をとるための羊を放牧して育てていました。農民一人ひとりの立場からすると、共有地に放牧する自分の羊が多ければ多いほど、羊毛の収穫量が増え、利益になります。しかし、多くの人がそれをしてしまうと、牧草が無くなるなど、共有地の荒廃が進み、結局は全員が羊を飼えなくなって、全体の損失になるのです。

この状況は、個人にとっての利益と、3者以上の集団全体の利益が対立する状態として、「社会的ジレンマ」と呼ばれます。このような状態を解決するためには、どんな手段をとればいいのでしょうか?

まずは、共有地を管理する人を置き、ルールを守ったら報酬を与え、破ったら罰をくだすといった、アメとムチ作戦が重要でしょう。また、共有地の状況について教育を施し、道徳観や価値観の転換を促すこともできます。ただ、どちらの場合も、対策にコストがかかったり、自分以外の人が守っているかどうか不信感を持ってしまったりといった別なジレンマも発生します。

最終的には、それらの施策を含めて、「社会全体の利益になるような行動こそが自分のためになる」という意識、いわば利他的利己主義を各人が確立していくことが重要になってくるのです。
 

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『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より(写真=ZUU onlineより引用)

援助行動により人が得るものは?

●目には見えない、心理的財・社会的財

なにかを買ったときにお金を払ったり、働いた分だけ報酬をもらったりと、私たちの生活では、常にさまざまな資源の交換が行われています。これを社会的交換といいます。

社会的交換には、限定交換と一般交換があります。限定交換は、自分と相手が1対1でやりとりすること。一般交換は、自分が資源を提供する相手と、自分に資源を提供してくれる相手が必ずしも一致しない状況のことです。1度しか行かないレストランでチップを多めに渡したりするのは、長い目で見ると、どこかでその親切が自分や社会に返ってくるのではないかという意識が働いた、一般交換であるといえます。

そして、人の間で交換される「資源」とは、お金や商品といった具体性を持つものばかりではありません。形はないけれども、愛情といった心理的財、地位や名誉といった社会的財、場合によっては満足感なども資源に含まれるでしょう。そして、むしろ目に見えないもののほうが、もらう相手によって価値が変わる「個別性」が高く、貴重なものとなるのです。

つまり、人が援助行動を起こすのは、自分がしたことが、また他のところから自分に返ってくるかもしれないという一般交換の意識があり、さらに心理的財や社会的財といった目に見えない価値を得たいという気持ちがあるからなのです。世界の多くの社会では、自分が援助や好意を受けたら、相手にお返しをしたほうが、結局は自分の利益になるという互恵性規範が見られます。このようなことも、お互いに援助行動を続けていく理由のひとつといえるでしょう。
 

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『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より(写真=ZUU onlineより引用)

報酬の公平な分配方法とは?

●みんな同額が満足とは限らない

会社などのチームで働いて成果があがったとき、その報酬はどのように分配されるのが、一番不公平感が少ないでしょうか?

アダムスの提唱した理論によると、自分の投入したコストに対して報酬が少ないときはもちろん、報酬が多すぎるときにも不公平感を感じるとされています。では、報酬の分配原理には、どのようなものがあるのでしょうか。

最初に挙げられるのが、貢献度に応じて分配される「衡平原理」です。業績に基づいて支払われる成果給がこれにあたります。次が、全員に均等に配分する「平等原理」。成果に関係なく一定額が支給される給与などがその例です。そして、その報酬を必要としている程度に応じて分配する「必要原理」。さらには、最も高い業績をあげた人にすべてを与える「独占原理」もあります。

それぞれの使い分けですが、経済的生産を目的とし、メンバー間で競争が生まれるような場合には、衡平原理が支持され、快適な社会生活の維持を目的として、協同関係を重視する集団では、平等原理が支配的になるとされています。また、福祉や家族といった生活向上を志向する集団では、必要原理が強くなります。

さらに、メンバーの入れ替わりが激しく、流動性の高い集団では、高い業績をあげた人が衡平原理を望み、あまり業績をあげていない人は平等原理を望むとされます。一方、メンバーがあまり入れ替わらず、人間関係が長く続く集団では、好業績の人も平等原理を望む傾向が強くなります。これは、公平さを保つ以上に、円滑な人間関係を重視することの表れと考えられます。
 

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『眠れなくなるほど面白い 図解 社会心理学』より(写真=ZUU onlineより引用)
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亀田達也(かめだ・たつや)
1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科修士課程、イリノイ大学大学院心理学研究科博士課程修了、Ph.D(心理学)。現在は東京大学大学院人文社会系研究科社会心理学研究室教授。著書に『モラルの起源──実験社会科学からの問い』(岩波書店)、『合議の知を求めて──グループの意思決定』(共立出版)、共編著に『複雑さに挑む社会心理学──適応エージェントとしての人間』(有斐閣)、『「社会の決まり」はどのように決まるか』(フロンティア実験社会科学6、勁草書房)、『文化と実践──心の本質的社会性を問う』(新曜社)、『社会のなかの共存』(岩波講座 コミュニケーションの認知科学 第4巻、岩波書店)などがある。

文・亀田達也、ZUU online/提供元・ZUU online

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