「リードタイムが長期化してQR*が組めません」
こういった相談が増えている。前回のPLMと同様にメディアでは一切話題になっていないが、これが崩壊寸前ともいえるアパレル産業の生産現場の実態だ。今日は、商社とアパレルが行ってきた「南下政策」の代償として、日本がもはや世界の工場から無視されている実態とメカニズムを解説する。浮わついた話は評論家にまかせ、現実に目を向けて欲しい。
*クイックレスポンス、細かく生産を刻んで需要と供給をマッチさせる技術

ザラの12倍、生産日数は半年!?日本のアパレルが海外工場から「無視」されている事情とは
(画像=andresr/istock、『DCSオンライン』より引用)

SDGsの時代、「消費者が必要な時に必要な量だけ」は嘘

現在、日本のアパレル企業に対して、過剰生産が指摘され、在庫問題が産業界を破壊することが明確になっている。これを受けアパレル各社は、粗利改善のために「消費者が必要な時に、必要な量だけ」を運ぶ、などと判を押したように言っている。だが、そんなことができるならなぜ今までやらなかったのかという疑問が湧いてくると同時に、今後、こんな芸当はますますできなくなり、余剰在庫はますます増える。順を追って説明しよう。

1 商社とアパレルの南下政策の代償 円安時代でも輸出できない

90年代から2000年代にかけておきたDCブームでアパレルは我が世の春を謳歌してきた。極端な言い方をすれば、計数管理など不要。アパレルビジネスは感覚だとうそぶき、顧客より商品を見て、とにかく商社に商品を作らせ、調達原価から3倍から5倍の売価をつけて売れば山のように利益が出る時代があった。

当時、商社とアパレルは5年ごとに生産拠点を、韓国台湾、香港、次に広東省から北へ、次いで東南アジア、タイ、そして南アジアのバングラデッシュへと代え、コスト競争を繰り広げてきた。この南下政策によって、アパレル衣料品の平均単価は、バリューチェーンをほとんど変えることなく6000円台から3000円台へと下落しても耐えられ得るコスト競争力を得られた。
しかし、ここでアパレル企業は大きなミスを犯す。本来、こうしたコスト競争力の低下は消費者に還元すべきなのに、例えばプロパー消化率50%、最終消化率80%で20%を損金処理しても営業利益がでるように上代をあげて帳尻を合わせたのである。当然、ゲームチェンジャーといえるファーストリテイリングは、原価率45%で損金処理までの期間を5年以上としてプロパー消化率80%以上で販売し、上代を低く設定したのである。つまり、値付けを世界基準にし、安かろう悪かろうという従来の常識を覆し、安かろう良かろうを実現したわけだ。今勝っている、ハニーズ、ワークマンなどのSPAはみな同じ戦い方をしている。
そして、生産拠点を南へ、南へゆくことで、もはや日本で生産している衣料品は総投入量の1%台に達し、この円安の時代でも輸出できる生産拠点が日本にはないという結果になった。

2 人口減少と所得低下により先進国で最下位の国となる

政治の問題がさらに拍車をかける。日本政府は国家戦略を持たず、金融や公共事業で難局を乗り切ろうとした。だがこの政策も失敗し、いわゆる失われた30年に突入した日本は先進国の中でもっとも消費が期待できない国となった。「景気の鏡(かがみ)」といわれる衣料品だが、学校のSDGsの授業で「衣料品は無駄に買うな、大量消費が悪いのだ。一度買った服は長く着ろ」と教えられた結果、消費者は着飾ることを諦め、ユニクロ以外を選択することがなくなっていった。さらに物価高と所得減により、ユニクロをメルカリでしか買えないほど貧しくなり、アパレル産業に逆風が吹き荒れた。

こうした日本の課題を解決する政府の会合では、全く消費者の実態を理解していない人間が、SDGsについて、「Hermèsが、LOUIS VUITTONが、、、」という話を持ち出し、私が「一体、誰の話をしているのか。我々は、日本の産業政策の話では無いのか?ならば、話すべきは日本企業とそれを買っている圧倒的多数の消費者ではないか」というと、「ここは、ビジネスの話をする場ではない、これからは質の時代だ」と、企業が利益を出さねばそもそも潰れてしまう、という基本的知識もなく、彼の地のスーパーブランドの話に興じ、我々とは関係ない話しを続け建設的議論もなされない実態を見てきた。

3 台頭する中国企業によりアパレルビジネスは新しい時代へ

ザラの12倍、生産日数は半年!?日本のアパレルが海外工場から「無視」されている事情とは
(画像=中国の地図アプリ「高徳」で確認できた、広東省・番禺(パンユー)にあるSheinの工場、『DCSオンライン』より引用)

映画、音楽、ドラマなど、エンタメの世界は完全に韓国に抜かれ、デジタル技術では中国の後塵を拝し、メディアはリッチコンテンツ、つまり画像や動画に主戦場が移り、日本のファッション雑誌は壊滅状態となり、米国Meta(旧Facebook) のインスタグラム、あるいは中国TikTokのような動画コンテンツがZ世代と呼ばれるデジタルネイティブに訴求している。

日本だけでなく世界のZ世代は、中国Sheinのようなテック企業による越境D2C、Dholicを代表とする韓国プラットフォーマーに完全に囲い込まれ、日本のアパレル企業は田舎の老人相手のビジネスに追いやられた。

しかし、それでも縮小する市場に残り、成長している世界(特に東南アジア、米国など)に出ることをせず、レッドオーシャンと化した日本で潰し合いをやり、ひたすら「QR」にすがっている。それも、90年代のQRは、欠品ロスを最小化する目的だったが、2020年以降は、「在庫を残さないことを目的とするQR」に最後の望みを託すようになった。

4 アジアの工場は、日本アパレルを無視 中韓ブランドに方向転換

しかしそのQRも、付き合ってくれる海外の工場があればこそ、だ。
「何度も無駄なサンプルを作らされる」、「量産発注は驚くほど小ロット」、「コストプレッシャーが半端ない」など、「うるさい」、「すくない」、「安い」の三悪企業と見なされた日本のアパレル・商社を見限って、アジアの工場は、成長する中国大陸や東南アジアを主戦場とした韓国、中国アパレル・ブランドの方に向くようになり、「日本のアパレルは無視」するようになった。

私はあれほど「QRなどもはや通用しない、QRばかり追いかけるから工場の段取り替えが増え製造コストが上昇し、商品も同質化してコスト競争になる」と批判をしてきたにも関わらず、今度は、「PLMを導入すればリードタイムが短くなる」など、まったく状況把握ができていない解決案であちこちで自滅の道を歩んでいる。

今、平均リードタイムはバングラデッシュやミャンマーで3〜4ヶ月から半年。中国で2〜3ヶ月で、この20年で約2倍になっている。ZARAの素材備蓄と世界中に張り巡らされたトレンドネットワークによる高いトレンド回転率によって蟻地獄に落とされた日本のアパレル企業は、自社のプロパー消化率を上げることこそやるべきなのに、「ボラティリティ(不確実性)が高いので、原価を低くする方が確実だ」と念仏のように唱え、半年のリードタイムでZARAの12回転、24回転や、シーインの残反、残品による3日で数千枚の新規商品と戦おうと思っている。まさに、戦時中に竹槍訓練をしている姿と一緒だ。

また、現場を全く知らない評論家集団が、未だにシーインが数日で数千アイテムのものづくりをするなど、産業界の人間が聞いたら大笑いするようなことを平気で書いているが、ある大手の関連企業から、「本当に3日で3000枚も生産できるのか」と私に問い合わせが来たほどだ。その企業は、「3日で3000枚」に対応すべく投資をどうやってすべきかを考えていたという。

このように、コロナで分断された現地視察と、知ったかぶりの評論家、実務を知らない学者が産業界をいっそう混乱させた。拙著『知らなきゃ行けないアパレルの話』で、「日本企業が世界企業に将来勝つ見込みはゼロ」と私が断じた理由はこういうところにある。

考えて頂きたい。工場を見て、自分の頭で考えられる人間であれば、生産納期は素材と付属がすべて揃っている前提で、1週間から10日だ。流れ作業の工程を見れば、机の配置の縦(スピード)と横(生産量)のかけ算でその工場のスループットは決まる。見れば誰でも分かるのに、こんな簡単なことさえ分からない。一体アジアまで何をしにいったのか。