ハワイの人気バンド、KALAPANAの「ジュリエット」をハワイのラジオ局で聴いた

大学時代、僕は番組制作会社で企画書を書いたり、家庭教師で小金を稼いでいた。吉祥寺のサーフショップで売られていたのがアメリカのラジオ番組をそのまま録音したカセットテープだった。結構売れていて、みんなそれをカーデッキで再生しながらハンドルを握り、アメリカにいる気分になっていた。

1980年代のサーフィンブームで僕もライトニングボルトのTシャツを着、ボードを積み湘南に出かけた。でも、国道134号線は込み合って、周辺に公民館やラーメン屋のノボリが退屈に並ぶ風景と、向こうのラジオ番組とではかなりの違和感があり、どうせならとバイトで貯めた資金で夏休みにハワイに向かった。
奮発してシェラトンモアナサーフライダーに部屋を取り、フォード・マスタングのコンバーチブルを借りた。


フリーウェイをノースショアに向かって一時間ほど、パイナップル・カウンティに差しかっかったところで、KIKIからKALAPANAが流れてきた。「ジュリエット」がオンエアされ、僕は思わず口笛を吹き、アクセルを踏ん込んだ。KALAPANAのアルバムは何枚も持っていた。渋谷のCISCOで手に入れていた輸入盤だ。しかし、日本で聴くのと音が違う。断然生き生きとしていた。カーラジオは不思議だ。音楽にも地産地消っていうものがあるのだろうか。ハワイで生まれたバンドを現地のハワイで聴くと、車窓からの景色が彩りを増した。

ディスクジョッキーのカマサミ・コングが続けてかけてくれたのが、「メニー・クラシック・モーメンツ」だった。フリーウェイを走りながらかつての恋人を想う切ない歌詞。人生の一瞬を「多くの古き良き思い出」とかたる幾分老成した内容に僕はハンドルを握りしめた。
ほどなく海岸が現れ、その中で人気のないショアを選んでクルマを停めた。

ノースショアは手ごわかった。2時間挑んで、その都度僕は跳ね返され、一度たりとも満足に波に乗ることができなかった。敗残兵のように僕は浜辺にへたり込み、これもメニー・クラシック・モーメンツのひとつになるのだろうかと思っていた。

のぶえひろし/TOKYO FM ジェネラル プロデューサー。大学卒業後「エフエム東京」(現在のTOKYO FM)に入社。プロデューサーとして数々の番組を手がけ、受賞歴多数。講談社小説現代新人賞(1993年「アタシはジュース」)を受賞するなど小説家としての顔も持つ。1958年、東京都出身
文・延江浩/提供元・CAR and DRIVER
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