先ず、北京発時事の記事を読んでみてほしい。

「パキスタン北部で今月、水力発電所建設に携わる中国人技術者の男性が、イスラム教を冒涜したとして告発された。怒ったパキスタン人作業員らによる暴動を懸念した地元当局は、男性を遠隔地へ移送。パキスタンでは近年、中国権益への反発が強まっており、住民感情の刺激が両国の不協和音に発展しかねない状況だ。17日のAFP通信などによると、男性はイスラム教のラマダン(断食月)期間のせいで『仕事の進行が遅い』と指摘。作業員との口論で、アラー(神)や預言者ムハンマドを侮辱するような発言があった」

訪中したイランのライシ大統領を迎える習近平国家主席(IRNA通信、2023年2月14日)

上記の記事を読んで「起こるべきして起きた騒動」といった印象を受ける。パキスタンの国民は95%前後はイスラム教徒だ。その大部分はスンニ派だ。一方、無神論国家の中国共産党政権下で育った国民(中国人技術者)は宗教教育を受けていないし、多くは無神論の観点から偏見された教育を受けてきた。宗教関連施設は官製による飾り物に過ぎず、キリスト教信者、イスラム教徒が教会やイスラム寺院に通って祈っている姿をみる機会はほとんどない。アラーや預言者ムハンマドを侮辱することがどんな行為かを理解できないので、暴言が口から飛び出す。それを聞いた現地の労働者は激怒する、といったパターンだ。フランスのマクロン大統領が2020年、「フランスには冒涜する自由がある」と発言し、世界のイスラム教徒を憤慨させたことはまだ記憶に新しい(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

ところで、サウジアラビアとイランが中国政府の調停を受けて和解へと動き出したというニュースが流れ、中国は米国に代わって中東の調停人の役割を担い出した、といった類の報道があったが、少々皮相的な解説ではないか。

中東関係者が、「キリスト教とイスラム教の対立より、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間の抗争のほうが深刻だ」と述べていたことを思い出す。スンニ派の盟主サウジとシーア派の代表イランの接近は経済的、政治的な理由が大きい。一方、イランと中国の接近は反米と双方の経済的恩恵という面があるだろう。はっきりとしている点はスンニ派とシーア派が突然、相互理解と尊重を深めてきたわけではないことだ。両派の関係は今も緊迫している点で変わらない。