VR世界での接触は幻の触覚「ファントム・タッチ錯覚」を生む
VR世界での接触は、現実世界の肉体に触覚を生じさせるのか?
調査にあたっては34人の健康な被験者が用意され、上の動画のように、VR世界のアバターの手のさまざまな部位に対して「仮想の棒」を使った接触が行われ、何を感じたかを答えてもらいました。
(※直ぐには何も感じなかった場合は、感じるまでしばらく継続してもらいました)
すると被験者たちの大多数(89%)はVR世界で触れられた場所に何らかの感覚を感じ、中でもゾワゾワとした感覚が最も多かったことがわかりました。

また興味深いことに、VR世界で手の一部が隠されていた場合でも、接触が予想されるような棒の動きをした場合、触れられた感覚を感じていることがわかりました。
一方、VR世界で「仮想の棒」の代りに「仮想のレーザーポインター」を使った場合には、現実の肉体に感覚が生じたと報告する人は著しく少なくなりました。
この結果はVR世界に存在する具体的な物体「仮想の棒」との接触体験だけが、現実の肉体に触覚を発生させることを示しています。
研究者たちはこの幻の接触を錯覚する現象について「ファントム・タッチ錯覚(Phantom touch illusion)」と呼ぶことにしました。
では「ファントム・タッチ錯覚」はいったいどんな仕組みで発生しているのでしょうか?
「ファントム・タッチ錯覚」が発生する仕組み

なぜ現実で触れていないのに、触覚が発生するのか?
研究者たちはこの奇妙な現象が「自分で自分をくすぐれない」という事実に関連していると述べています。
脇腹や足裏など、人間にはいくつかくすぐったい場所が存在しています。
しかし不思議なことに、自分で脇腹や足裏を「コチョコチョ」としても、たいしてくすぐったくありません。
足裏など、かなり強く刺激するとくすぐったくなることもありますが、他人のくすぐりほどは感じることはありません。
この差は「触覚ゲート」と呼ばれており、自分の動きをはじめとした予測された感覚を大幅に抑制(キャンセル)する役割を果たします。
ここで注意すべきは、触覚ゲートによる感覚のキャンセルは「麻痺」のような信号遮断ではなく、抑制信号という新たな信号の発信によって感じている触覚を打ち消す点にあります。
簡単に言えば「自分で自分をくすぐる➔触覚の信号が発信&同時に触覚ゲートによって抑制信号発信➔感覚の鈍化」となります。
最近の研究では、この触覚ゲートによって発生させる抑制信号そのものに、特異な感覚を引き起こすことが示されています。
目の前で人に足裏や膝をなぞられる場合、予測できていてもやはりゾワゾワした感覚があります。
こうした感覚は予測される触覚への抑制信号と実際に触れられるタイミングがズレることで生じると考えらます。
VR世界にある「仮想の棒」との接触では、本物の触覚の信号が発信されませんが、触覚ゲートのほうは抑制信号を発信することになります。
そのため打ち消すべき触覚信号がなく抑制信号のみが発せられることになります。
これが「ゾワゾワした感覚」を発生させると推測できるのです。
研究者たちは今後、ファントム・タッチ錯覚の根底にある神経メカニズムについて、さらなる調査を続行していく予定です。
ファントム・タッチ錯覚を上手く制御できるようになれば、VR世界でのエンターテイメントだけでなく、医学や科学にも役立つようになるはずです。
参考文献
When we feel things that are not there
元論文
Phantom touch illusion, an unexpected phenomenological effect of tactile gating in the absence of tactile stimulation
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。