人生を自分で選ぶ「責任の重さ」

だが自分で決めることには責任が伴う。筆者は23歳まで工業高校を出てニートとフリーターをしていたが、独学で勉強してその後は米国大学留学を経て東京で働いた。また、脱サラして起業したがこのプロセスにも毎日ジェットコースターのように想像を超えるようなトラブルや問題が降りかかりながら今日まで過ごした。

自分は人生のほとんどを自ら選択してきたという感覚があるが、そのプロセスにおいては普通の人が通る必要のないような強い苦痛や大きな苦労を伴った。人生を自分で選ぶ「責任の重さ」自分で人生を選ぶということには、相応の責任が伴う。子供なら親の庇護の元であたたかい環境で育成される立場だが、成人すればそんなものはなく、いい結果も悪い結果も含めてすべてを自分自身の身で受けることになる。

人生の自己決定は生きづらさからの開放がある。同時に選択の責任の重さも伴うのだ。

人生はいつ終わるか?それは誰にもわからない。大事なのは時間の長さではなく、質の高さだろう。自己決定は決して社会的な成功を約束することはないが、人生の納得感は間違いなく与えてくれる。良くも悪くも、世の中はシビアである。思ったようにいかなければ苦しむことだってあるし、過去の自分の選択を反省することもある。だが、良くも悪くも責任は全部自分、これほど人生を真剣に生きる覚悟をもたせ、そして心からの納得の行く生き方は他にないだろう。

 

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