現在、連結性と自動化が進んだ海運業のオペレーションは、航海、通信に留まらず、貨物追跡システム、港湾オペレーションに至るまで、サイバー・宇宙空間に依拠した技術とシステムに依存している。ここが標的にされ、これらのオペレーションが停止してしまえば、海洋国家の経済システムは瓦解してしまうことになる。
その国際的な情報通信網を担うのが海底ケーブルである。これはまさに海洋国家の命綱とも言える。これら情報通信システムへの攻撃は、比較的安価に行うことができるが、海洋国家へのその影響は計り知れない。世界のサプライチェーンと通信ネットワークを守るにはまず、海底を含む海洋領域にあるインフラを守り、管理する必要がある。
(“The geopolitics of maritime cybersecurity” 「海事サイバーセキュリティの地政学」)
教授は、海事サイバーセキュリティには包括的な手法を採ることが求められると説く。
それにはまず、サイバーセキュリティ、サイバー防衛、地政学を統合した新しい考え方が必要で、さらに、経済、組織、技術、軍事を統合した包括的な手法でサイバー空間と海洋領域におけるリスク管理に当たる必要がある。これ無くして、経済的利益を意に介さない国家やその支援を受けた敵対的な分子たちの標的となる危険から、海洋領域、つまりそこに国家の生存を依拠している海洋国家を守ることは覚束ないのである。
むすび海洋通商国家は、自由とルールの上に繁栄を築いてきた。その繁栄を享受してきた西側諸国が自由主義と法の支配を重んじるのは当然である。
海洋の自由と安全は、自由主義世界の安全と安定と表裏をなすものである。それを守るには、まず海洋における民間の活動とそれを支えるインフラを守ることが不可欠である。従って、ルールを無視する権威主義的な勢力から民間の海洋活動を守ること、世界のサプライチェーンを維持することは、ルールに基づく国際秩序の維持に欠かせないのである。
これは自由主義対権威主義という理念の対立に見えるが、海洋国家にとっては、国家の生存と繁栄がかかった事案である。そして、それは今、通商に不可欠な情報システムをサイバー攻撃から如何に守るかにかかっている。この認識を、海洋国家である日本がどれだけ持っているのか、甚だ心許ない。
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橋本 量則(はしもと かずのり) 1977(昭和52)年、栃木県生まれ。2001年、英国エセックス大学政治学部卒業。2005年、英国ロンドン大学キングス・カレッジ修士課程修了(国際安全保障専攻)。2022年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)博士号(歴史学)取得。博士課程では、泰緬鉄道、英国人捕虜、戦犯裁判について研究。元大阪国際大学非常勤講師。現在、JFSS研究員。 論文に「Constructing the Burma-Thailand Railway: war crimes trials and the shaping of an episode of WWII」(博士論文)、「To what extent, is the use of preventive force permissible in the post-9/11 world?」(修士論文)
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年10月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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