なぜ「新作」に期待しないのか

「新作」に期待が集まらないのは、宮崎氏の後継者たる人物がいないからだ。

宮崎氏は脚本を書かない。大学ノートにメモを書く。描きたいシーン。言わせたいセリフ、ストーリー。ノートをベースに、他の作業と並行して絵コンテを切っていく。絵コンテは異常なほど精密で完璧。アニメ制作の土台をほとんど一人でこなす。

「宮さん(宮崎氏)が欲しがっているのはもう一人の自分」

プロデューサーの鈴木氏はこう述べる。「オレがもう一人欲しい」と何度も口にしたという。

その宮崎氏は、2017年のドキュメンタリー番組で以下のようにこぼした。

「『こいつにやらせてみたい』っていう人間は一人もいなくなった」 (終わらない人 NHKエンタープライズ(2017) )

ジブリの奇跡

およそ2年に1本の映画だけで勝負する。勝てば存続。負ければ解散。こんな「綱渡り」経営のジブリが、40年近く生き残っているのは奇跡とも言える。この奇跡を起こしたのが宮崎駿氏の作家性であり、それを支えたのがプロデューサー鈴木氏の控えめな商業主義だった。

今後、ジブリは変わらざるを得ないだろう。作家と作家性を尊重する制作から、チームと企画を中心とする製作へ。鈴木氏は以下のように述べる。

「企画でやるのか、あるいは作家の才能に頼るのか。(中略)宮崎や高畑(※)は作家主義、そのほかの若い人は企画主義。基本的にはこれだとまだ思っている」 「ジブリ」なぜ日テレ傘下に 1時間の会見で語られた問題とは 鈴木社長「ことごとく失敗に終わった」【会見詳報】

※高畑勲:ジブリ映画「火垂るの墓」「かぐや姫の物語」を監督 2018年死去

「作家」高畑勲氏は、5年前に逝ってしまった。

残る「作家」宮崎氏は現在82歳。これまで何度も引退宣言と復帰を繰り返している。最新作「君たちはどう生きるか」は、ほとんど広告をしなかったにもかかわらず、83億円の興行収入を叩き出した。これを最後に長編映画製作からは勇退するのではないか、と推測する向きも多い。

上述の会見で、プロデューサーの鈴木氏は「ディズニー」について語った。ウォルト・ディズニー亡きあと、「ディズニー」を再生させたのは企画力であると。皮肉なことに、宮崎氏はウォルト・ディズニーを毛嫌いしている。アニメーションを商業化した「主犯」だからだ。

作家性対商業性。この古典的な葛藤が、日テレ傘下となったジブリでもしばらく続く。新生ジブリが、どのようなアニメ制作会社となるのか。「新作」で見えてくるだろう。

「金曜ロードショーとジブリ展」プレスリリースより

【注釈】 ※1 アニメ産業レポート2022 サマリー 2003年と2021年を比較 ※2 日本・北米以外では2020年よりNETFLIXで配信開始 ※3 萎える:興覚めする

【参考】 「宮崎駿の仕事1979-2004/久美薫著/鳥影社」 「誰も語らなかったジブリを語ろう/押井守著/講談社」 スタジオジブリ子会社化で日テレ株高騰、投資家は何に期待した? 日本テレビ、スタジオジブリを子会社化 社長を派遣|日本経済新聞 動くか,日本の映像コンテンツ③コンテンツなんて言葉は,大嫌いだ。スタジオジブリ社長 鈴木敏夫氏他