帳簿上の債務超過はインフレを起こさない

――本に書かれている「通貨発行益」は、いまひとつ一般人にはわかりにくいと思います。お金をたくさん印刷して発行しても、国民にはなんらデメリットはないということでしょうか。

森永氏 自分が権力者だったとすると、紙切れに「1万円」と書いたら、それだけの価値の紙幣として使えるわけですよ。ということは、発行者に「1万円」の利益が転がり込んでいるということになります。これは大昔から行われています。貨幣の歴史とともに、「通貨発行権」が使われているんですね。世界中でどの時代でもみんな使っています。

――やりすぎると猛烈なインフレがくる?

森永氏 そうです。問題は、どこまでなら大丈夫かっていうところ。安倍政権が残した最大の成果というのは、2020年度に1年間で80兆円財政赤字を出したこと。それでも、なんともなかったんですよ。たぶん80兆円くらい毎年赤字を出しても大丈夫ということです。

国が大量に国債を発行して、中央銀行が引き受ける。金利が上がると債務超過になる。債務超過になったら、その瞬間、誰もその国を信用しなくなり、経済が壊滅するといわれていました。

だけど去年、オーストラリアの中央銀行が債務超過になったけど、何も起こらなかった。最近、アメリカの中央銀行が債務超過になった。でも何も起こってない。だから、真っ赤なウソだったというのがわかったんです。

――これまでの学説とは、何が違っていたのでしょうか。

森永氏 債務超過に陥った瞬間に信用を失うといわれていました。でも、誰も中央銀行が債権超過かなんて気にしていなかったんです。

――デフォルトになっているのとは違うのでしょうか。帳簿上は債務超過に陥っているものの、支払いは続けるということですか。

森永氏 はい。一般の民間銀行はダメですよ。債務超過になると、自己資本比率規制があるから業務はできなくなるけれど、中央銀行は全然問題にならないということがわかったんです。

――1990年代後半のアジア通貨危機はどうでしょうか。

森永氏 あれは海外から大量の借金をしていた国で起きたことです。海外の投資資金というのは、(高利貸しの)街金みたいな感じなんですよ。あるいは闇金に近いような存在。だからヤクザみたいなところから金借りてはダメということ。日本の場合は自国通貨で借金しているので、それとは違って、まったく問題ないんです。

――海外から高利で借りている場合、返せなくなると資本を引き上げられておかしくなるということでしょうか。

森永氏 そう。日本にはそんなものはない。国債にしても、外資が何度も日本を破綻させようとして、日本の国債を売りにいったけれど、すべて失敗して、みんな尻尾を巻いて帰っていきました。

日銀が通貨発行権を握っているので、日銀が買ってしまえば暴落なんてしようがなかった。そんな当たり前の仕組みをわかっていなかったということなんです。

国民負担率10割になったら起きること

――アベノミクスによって、株価、企業業績は上向きましたが、庶民の生活はよくなっていないのはどうしてでしょうか。

森永氏 消費税を上げたからです。2013年4月に、黒田東彦日銀総裁が「異次元の金融緩和」を始めました。びっくりすることに、たった1年で消費者物価がほぼ2%弱、上がったんです。それでデフレ脱却するはずだったんだけど、財務省がそのタイミングで消費税を引き上げました。すると、たった1年でデフレに戻ってしまいました。だから最大の失敗は、消費税を引き上げたことといえます。2014年に8%にして、その後2019年に10%にしました。

――税率の引き上げが、たとえ2%、3%であっても、どんどん物価が下がって、給与が上がっていない時代に、これをやられるとダメージが大きいですね。ダメージが大きいから、消費が一気に失速。心理的に、ありとあらゆるものが上がっていくと思うと、サイフのひもが固くなっていくわけですね。

森永氏 そうです。安倍総理の最大の人事ミスは、日銀副総裁だった岩田規久男先生を総裁にしなかったことです。岩田先生は上智大学の元教授で、リフレ派経済学者の第一人者です。

黒田前総裁はもともと財務省の人なので、ザイム真理教の信者なんです。岩田先生が退任されて時間がかなりたったので、最近、本当のことを言い始めました。2014年の消費税引き上げを岩田先生は「絶対にダメだ」と言っていたのに、黒田前総裁は「絶対に大丈夫だ」と言って、それ以来、もう冷戦状態だったらしいです。

――新しい日銀総裁については、どのように見ていますか。

森永氏 植田和男総裁は、元同僚の話を聞いても、あまり期待できません。岸田総理の忠実な執行者になるでしょう。たぶん、選挙が終わったら金融引き締めにいくと思います。これはとてつもなく危険で、それが世界の金融危機の引き金を引くことになるかもしれないと言う人もいるくらいの行為。それでも岸田総理は、やると思います。

――このところ株価は絶好調なのにですか。

森永氏 だから、とてつもない勢いで落ちると思います。なかなか信じてもらえないんですが、世界恐慌に至る1929年10月24日の“暗黒の木曜日”から始まった暴落によって、株価は10分の1になりました。日本で今、暴落が起きたら、それと同じくらいのインパクトがありますので、私は日経平均が3000円になっても不思議ではないと思っているんです。

――岸田総理が考えている引き締めというのは、どういうものですか。

森永氏 岸田総理がザイム真理教を信じてしまっているものですから、彼の頭の中には、金融の正常化と財政の健全化しかないんです。なので、とてつもない勢いで増税と社会保険料アップ、あるいは公共サービスのカットがきます。毎月やる気かと思うくらい、ビッシリ増税メニューが並んでいるという状況なんです。

でも、このまま放っておくと、「全部もっていかれるぞ」と私は言っていたのですが、最近冷静に考えてみると、国民負担率100%になったからといって止まらないんです。110%、120%といくかもしれません。カルト教団が年収のすべてを献金させるのでは止まらず、家屋敷もクルマも売って献金しろと言いますね。それと同じです。

――いま国民負担率が5割近くですが、それが2倍になるという見立てでしょうか。

森永氏 2倍以上になるかもしれません。このまま放置したら。

――稼いだものが全部持っていかれるというのは、どういう状態でしょうか。

森永氏 稼いでも稼いでも持っていかれるというのは、今の北朝鮮とかと同じになるということです。

――そういうなかで、何か庶民ができることはあるのでしょうか。

森永氏 江戸時代に五公五民(5割を年貢で持っていかれる状態)になったときに、一部のグループの人たちは一揆を起こしました。もうひとつのグループの人たちは、田畑や家屋敷を全部捨てて逃げたんです。

現代では、「戦え」と言う人たちのほうが、私が聞いている限りではまだ多いんですが、私は戦うほうが、正直いうと難しいと思っています。なぜならば“脱洗脳”というのは、洗脳された期間と同じだけの期間がかかるからです。国民が目を覚ますまでに、あと40年くらいかかるんです。だから「逃げようぜ」と言っているんです。

――株価も落ちると考えられますか。その時点で、何か方向転換が起きないものでしょうか。

森永氏 世界恐慌のときでも、普通の人たちがみんな困ったんですね。あるいは東京大空襲の後とか、関東大震災の後とか、そういうときには普通のサラリーマンたちが一気に追い込まれるんです。

そういうときに誰が強かったかというと、農民です。都会の人は、ずっと大切にしてきた着物とか書画骨董とかをお米に換えてもらいにいった。だから先回りして、私はもう自分で食べるものは自分でつくることにしました。自分で使う電気も自分でつくる。自分で使う水も自分でつくる、というふうにすれば、消費税もかからないし収奪のしようがない。