コンビニや喫茶店に入ったとき、流行りの曲や知っている懐メロが流れていると、思わず口ずさんでしまうことがあります。

人前で歌うのが苦手でも、気づいたら小声や鼻歌で歌っていた経験があるのではないでしょうか。

しかし歌うつもりがなかったにも関わらず、どうして知っている曲を聞くと知らぬ間に追随してしまうのでしょう?

「それが歌の力だ」といえばそれまでですが、ここではもう少し詳しく、私たちの脳内で繰り広げられている科学的メカニズムについて見ていきましょう。

他人の行動を脳内でマネる「ミラーニューロン」とは

一口に「音楽」といっても、その音情報の違いによって処理される脳領域はさまざまです。

例えば、音の高低やメロディーは聴覚野で、リズムは小脳や運動前野で、歌詞があればその言葉の理解は言語野で行われます。

このように音楽は脳のあらゆる領域がオーケストラのように協調することで処理されるわけですが、ただその中にあって、もう一つ重要な働きをしているのが「ミラーニューロン」です。

ミラーニューロンとは、霊長類や鳥類など高等動物の脳内に存在する神経細胞で、自分がある行動を取るときと、他者の行動を見ているときの両方で活性化します。

ミラーニューロンとは
Credit: canva

特に他者の行動を見て、まるで自分自身がそれと同じ行動を取っているかのように活性化することから、鏡写しの意を取って「ミラーニューロン」と名付けられました。

つまり、ミラーニューロンは他者の行動を見るだけで、自分がそれと同じ行動を取った場合のコピーを脳内に作り出しているのです。

ミラーニューロンのコピーは何に使われている?

では、このコピーは何に役立っているのでしょうか?

その一つに挙げられるのが、他人の状況を自分ごとに感じる「共感能力(エンパシー)」の生成です。

他者の行動を脳内で模倣することで、相手が「どんな感情を抱いているのか」「何の意図があってそうしているのか」を推測するわけです。

例えば、サプライズを受けて大喜びしている人を見れば、こちらも嬉しくなりますし、バンジージャンプをしている映像を見ると、まるで自分が飛んだかのようにゾクゾクすることがあります。

これらはミラーニューロンが、その行動を自らの脳内で再現しているからなのです。

他人の行動を見て、脳内で再現する
Credit: canva

そしてこれと別に、ミラーニューロンには他者の行動の身体的な模倣を促すという重要な役割があります。

定義の箇所で指摘したように、ミラーニューロンは「自分がある行動を取るとき」にも活性化します。

そのため、他者の行動を見ると同時に自分の運動スイッチも押され、その動作に必要な運動ネットワークが確立されて、脳が実際に筋肉への運動を促すのです。

例えば、井上尚弥選手の世界戦を見ていて、ボクシングの経験がないのにテレビの前でジャブやフックを打ったりしませんか?

これはミラーニューロンが同じ運動を私たち自身に促しているからだと考えられています。

動物行動学の知見からすると、運動の模倣には親や仲間の動作を真似て身体の使い方を学習し、新しいスキルを習得する役割があるといいます。

実際にマカクザルの赤ちゃんは、ヒトの表情を見て同じ動きを真似することが先行研究から示されています。

ヒトの表情を真似するマカクザルの赤ちゃん
Credit: ja.wikipedia

少し前置きが長くなりましたが、要するに、私たちが他人の歌を聞いて思わず口ずさんでしまうのは、ミラーニューロンが運動の模倣を促進していたからなのです。

では、ここで脳は「一緒に歌う」ことを私たちに促しているわけですが、どうして人類はそうしたメカニズムを進化させてきたのでしょうか。

それによって人類にどんな利点があったのでしょう?