野生の動物たちは常に捕食される恐怖と戦っています。
中でもアフリカのサバンナに暮らす動物たちは、ライオンやハイエナなど、強力な捕食者から身を守るため、食事をしている時も寝ている時も、常に警戒を怠りません。
特に聴覚は重要で、捕食者の声が聞こえると多くの動物たちはそこから逃げ出します。
今回、カナダのウェスタン大学の生物学部、リアナ・ザネット博士は、水場に訪れた動物たちに、ライオンの鳴き声や人間の声、銃声などを含む様々な音を聞かせて反応を調査しました。
その結果、動物たちを最も恐れさせたのは、百獣の王ライオンの鳴き声でも銃声でもなく「人間の声」だったというのです。
銃声のほうが音も大きく、動物たちにとっては恐怖の対象になりそうなものですが、なぜ人間の声を彼らは一番恐れるのでしょうか。
この研究の詳細は、2023年10月5日付けで、学術誌『Current Biology』に掲載されています。
動物たちには人間に対する恐怖が根付いている
大きな群れをなして狩りをするライオンは、陸上で最も強い捕食者とも言われており、サバンナでの捕食者の序列でも1位に君臨しています。
そんなライオンを他の動物たちが警戒するのは当然ですが、ハイエナやヒョウなど、他にも狩りの上手な捕食者は多くの動物から恐れられる存在です。
しかし、最近の研究では人間が他の捕食動物に比べて非常に多くの獲物を狩っていることが明らかになりました。
多くの人は食物連鎖の一番上には大きな肉食動物がいると思いがちです。
しかし、ザネット博士ら研究チームは、人間という他とは異なる性質を持つ捕食者に関心を持ち、捕食される側の動物たちが抱く恐怖が、他の捕食動物と人間とでどのように異なるのか比較することにしました。
特に最も恐ろしいはずであるライオンと人間のどちらが恐ろしいと感じるのかという点に着目しました。
19種類の哺乳類が音にどう反応するのかを調査

今回、ザネット博士ら研究チームが南アフリカで行った実験では、19種類の哺乳類が、さまざまな音声にどう反応するかを観察しました。
この音声には、人の声、ライオンの鳴き声、犬の吠え声、銃の音などが含まれています。
人の声には、この地域でよく話される4つの言語(ツォンガ語、北ソト語、英語、アフリカーンス語)の人々がテレビやラジオで話している声が使われました。
これらの人の声は、威嚇するような声ではなく、普通の会話の大きさで録音されています。
犬の吠える声や銃の音は、人間が狩りをする時の音を使用しています。
そして、ライオンの鳴き声の録音は、ライオンの専門家であるミネソタ大学のクレイグ・パッカー氏の助けを借りて作られました。
ライオンの鳴き声も唸り声などではなく、他のライオンとの会話のようなものが用いられました。これによって、ライオンが鳴く声と人が話す声を直接比較することができるのです。
この研究で動物たちの反応を正確に記録するために、特別に作られたカメラとスピーカーを組み合わせた装置が使われました。
そして、防水対策されたこの装置は頑丈な箱に入れて水場に置かれました。
カメラが箱に入れられた理由は、ハイエナやヒョウがカメラを噛むのが好きだからとのことです。
しかしこの実験中では、ある夜ライオンの鳴き声を流したところそれを聞いたゾウが怒り、カメラに突進して壊してしまうという事件が起きたそうです。
下記は、論文に添付されているゾウが怒ってカメラを壊すシーンの動画です。ゾウはライオンの声を聞いても逆に寄ってきて威嚇するような行動が多く、最後の1分30秒辺りではカメラを破壊しにきています。
アクシデントはありつつも、調査の結果として多くの動物が水を飲みに来る時の様子をビデオで捉えることができました。
調査終了後、研究チームは1万5000本にも及ぶビデオをチェックし、データを確認しました。