人は誰かから何かもらったとき第三者に「おすそ分け」することがあります。
与えられたものを他者に与えるポジティブな連鎖は、人々が協力し社会を形成することの本質と言えます。
しかし、最新の研究でこれと全く逆の行動である「搾取の連鎖」もまた、人間の心理に組み込まれていることが明らかになりました。
実際、自分が損をしたときに「他の誰かを損させてでも自分の損を取り返したい」と思ってしまったことは少なくないのではないでしょうか?
今回はそんな「搾取の連鎖」に関する研究を紹介します。
身近に潜む搾取の連鎖
まずは搾取の連鎖のわかりやすい実例からお話していきましょう。
マルチ商法やネットワークビジネスはこの「搾取の連鎖」の心理を巧みに利用したものだと言えます。
これらは会員になって商品を売買し、その利益や新規会員の紹介料を得るものですが、最初は年会費や商品の仕入れ代金を払わなければなりません。
そのマイナスを少しでもプラスにしようと躍起になって商品をすすめたり、会員になるよう勧誘したりする行為は、まさに搾取されたものを搾取することで取り戻そうとする連鎖です。
また最近よく聞く情報商材詐欺も似たような手口です。
「簡単に儲かる」と言ったうたい文句につられ情報商材を買ってしまったはいいものの、中身はその情報商材を売ることで儲けるという内容になっています。
情報商材を買った人は「払ったお金を無駄にしたくない」「損したくない」という思いからその情報商材が簡単に儲かるものではないと知りながら全く関係ない第三者に売ろうとします。
搾取される側から搾取する側にまわろうとする、まさに「搾取の連鎖」です。
このような搾取の連鎖は人間の自然な心理として漠然と認知されていたものの、これまで定量的に評価されたことがありませんでした。
しかし、筑波大学の梅谷氏らが行った実験により、搾取された人は全く関係のない第三者から搾取しようとし、奪われたのと同程度のものを奪おうとすることが明らかになったのです。
搾取の連鎖に関する実験

筑波大学の梅本氏らは、被験者をABCの3つの役割に分けて実験を行いました。
- A:Bから奪うことができる人
- B:Aから奪われ、Cから奪うことができる人
- C:Bから奪われる人
まずABCに資金として100円が渡されます。
次に、AがBから資金を奪い、資金を奪われたBがCから資金をどれくらい搾取するかが調査されたのです。
このとき、BにとってAは憎むべき「搾取した」人間ですが、Cは利害のない全くの第三者と言えます。
しかし、Aから奪われたものを奪い返せないBは、Cから奪われた分を奪いました。
AB間の搾取が、全く関係のないCに連鎖したのです。
この研究はPLOS ONEに2023年7月25日付けで掲載されています。
「奪う」量は「与える」量より大きい

実験においてAが奪う金額は100円(全額)、50円(半額)、0円(奪わない)から選ばれ、それぞれの金額で、BがCから奪う金額はAから奪われた金額と一致していました。
しかし、これと過去に同様の実験が「奪う」のではなく「与える」として行われたとき、BがCにおすそ分けする金額はAから受け取った金額よりも少ないものになったといいます。
つまり、おすそ分けのようなポジティブな連鎖よりも、奪われた人が他者から損を補填しようとする搾取の連鎖の方が、連鎖の関係性が強いのです。
Aの奪い方が「故意かどうか」は無関係

なお、今回の実験ではAが奪う金額について、「A自身が自分の意志で決める」ケースと「ルーレットで強制的に決まる」ケースが用意されていました。
この事実はBにも認識されます。つまりここで確認したいのは搾取に悪意が存在するかどうかで搾取の連鎖に変化が起きるかを見ることです。
A自身が意思を持って奪うか、ルーレットの結果で仕方なく奪うかでは、Bの心証は変わるだろうと予想されます。しかしBがCから奪う金額はこれらとは全く無関係でした。
これは、搾取に意思(悪意)があるかは搾取される側には関係ないということを示しています。
搾取の連鎖は、前述したマルチ商法のように悪意のある搾取だけでなく、法的に払わなければいけないお金についても言えるということです。
ここから、誰もが支払っている「税金」について考えてみましょう。