当然、勢いづいたのが社民党と緑の党。保守的なバイエルン州では一向に冴えないこの2党が、アイヴァンガー氏を反ユダヤ思想の危険人物として、鬼の首でも取ったように攻め立て始め、州都ミュンヘン界隈はあっという間に爆弾が落ちたような騒ぎ。

その後、彼らの攻撃対象が、アイヴァンガー氏を即座に解任しなかったゼーダー州首相に及ぶまでに、それほどの時間はかからなかった。すると今度はアイヴァンガー氏の兄が、「実はビラは自分が作った」と名乗り出て、話はさらにこんがらがった。

このビラは当時、学校の目に触れ、アイヴァンガー氏は(製作者ではないので)それを保持していたことを咎められ、軽い処分を受けたという。つまり、これは言わば解決済みの事件とも言える。しかも、氏が「自由な選挙民」を結党したのは2010年で、以来13年間、氏が反ユダヤ思想の持ち主であるなどという話は、一切出たことがなかった。

それでも、メディアの中には、当時のアイヴァンガー氏が「ヒトラーの敬礼をした」などという同級生の“証言”を取って報道したところもあった。ドイツ主要メディアは左派なので、アイヴァンガー氏の失脚を「自由な選挙民」の転落に、ひいては彼らの好きな緑の党の勃興のチャンスに結びつけようとしていた。

ゼーダー氏は困った。ビラを書いたのが兄でも弟でも、そんなことはどうでもよかった。要は、CSUは政権保持のために連立相手が必要であること。ところが、選挙が目前に迫った今、元気だったはずの連立相手アイヴァンガーが意味不明の重傷を負ってしまった。アイヴァンガー氏をどうすべきか? そして、「自由な選挙民」はどうなるのか?

もし、「自由な選挙民」との連立が政治的に困難になれば、CSUには適当な連立相手がいなかった。第2党はAfD(ドイツのための選択肢)だが、AfDとは組まないというのが、現在、ドイツのすべての政党が取っている方針だ。

残るは緑の党だが、こちらはCSUとは犬猿の仲。結局、ゼーダー氏としては、「自由な選挙民」の救済に乗り出すしか選択肢はない。ただ、それが吉と出るか、凶と出るかが、この時点ではわからなかった。

そこでゼーダー氏は、反ユダヤの罪が自分に伝染しないよう、念入りにアイヴァンガー氏を批判しつつ、25項目の質問状を突きつけた。その質問は、ここで書くのもバカバカしいような内容なので紹介しないが、公開された回答は、「記憶にない」という項目も多かった。これはおそらく真実だろう。

そして、結論から言えば、ゼーダー氏は最終的に、25の回答は納得できるものだとして、アイヴァンガー氏の州副首相の留任を決めた。それを野党の政治家が非難し、メディアがまた書き立てた。

アイヴァンガー氏に関して、氏の擁護につながる声がほとんど出なかったのは、ドイツの特殊な事情もあった。ドイツでは、ユダヤ問題に関わる発言は非常に難しい。特にホロコーストについては、真実だと言われているさまざまな事柄に関して、どんな些細な疑問を呈しただけでも刑法に触れる危険があった。

つまり、16歳で作ったビラのせいで、アイヴァンガー氏には政治家として2度とチャンスがなくなりそうなのに、かつて極左のテロ組織に所属し、警官を攻撃したり、資金集めの犯罪に加わっていた人たちが、何のお咎めもなく、今、政治家でいられるのは、ホロコーストが絡んでいるか否かの差だったかもしれない。だからこそゼーダー氏も、アイヴァンガー氏を被告のように扱ったのだろう。

さて、アイヴァンガー氏自身が、この問題に対してどう反応したかというと、36年前の行動に関しては謝罪したものの、今の自分は「自由を尊重する民主主義者である」ということは強調した。しかし同時に支持者を前にした集会では、「自分に対して汚い誹謗、中傷、選挙妨害が行われている」とものすごい勢いで主張し、しかも喝采を受けていた。

おそらくそのせいもあり、ミュンヘンにあるドイツで最大のユダヤ組織は、アイヴァンガー氏の謝罪を受け入れなかったし、ダッハウ強制収容所も、アイヴァンガー氏が謝罪と対話のためにと提案した訪問を拒絶した。これにより、アイヴァンガー氏は一時、窮地に陥ったかのように見えた。

ところが、数日後、不思議な現象が起こった。バイエルンの世論調査では、「自由な選挙民」は明らかに支持を増やしていた。州民の多くは、アイヴァンガー氏が16歳の時に犯した過ちをとっくに許しており、それを執拗に責め立てていた人々に好感を持っていなかったのかもしれない。ただ、それを口には出せなかった・・。

ドイツでは、次第に自分の意見を言えない息苦しい状況が形成されている。たとえば、確実に国民政党に成長しつつあるAfDは、完全に無視されているだけでなく、ありとあらゆる卑怯な手段まで使って潰されようとしている。これはすでに全体主義の手法だ。それどころか、AfDを支持する者があちこちで理不尽な扱いを受けているという報告も多く、アイヴァンガー氏が言った「民主主義を取り戻す」という言葉はまるで作り話ではない。

このままさらに政治の左傾が進み、その結果がドイツの東ドイツ化だとすれば、その代償はあまりにも大きいと、最近は私でさえ強く感じている。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

【関連記事】
「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
大人の発達障害検査をしに行った時の話
反原発国はオーストリアに続け?
SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
強迫的に縁起をかついではいませんか?