ジャン・ルイ・バレ修道士は、「教会はエルキュール・ポワロ(アガサ・クリスティ作の推理小説に登場する架空の名探偵)にも匹敵するような厳密な調査を行っている。真実の証拠は、人々が神の言葉を読み、教会と共に共同体を築き、秘跡を受けるように促すことだ」と強調する一方、「実際のところ、事態はしばしば異なる。教会の指導者が懐疑的な立場を取るのは、教会の民の中で不安が伴う現象や、教会の権威に対する騒動、極端な意見対立と関連していることがあるからだ」と説明する。
同修道士によると、「真正なマリアの出現はすべて同じ方向にある。マリアの使命は、私たちをイエスの帰還に準備させることだ。そこには完全なエスカトロジー(終末論)の側面がある。歴史には意味があり、マリアは私たちの心をイエスの栄光の帰還への希望に向ける手助けをする」と述べている。
同修道士は、聖母マリアは教会の改革者ではなく、イエスの権威を称える証人という立場からその出現を解釈している。当方は聖母マリアの出現では同修道士とは少し異なった見方だ。「マリアの使命」という視点には同意するが、マリアには昇天後ではなく、生前にイエスの母親としての使命があったはずだからだ。
なぜ聖母マリアは昇天後も度々出現し、多くは涙を流している姿が目撃されるのか。地上のキリスト者の信仰の欠如を嘆き、涙しているという風に一般には解釈されているが、当方はマリア自身が生前の歩みで涙を流さざるを得ない事情があったのではないか、と考えている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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