「私は死、世界の破壊者」の本当の意味
「私は死、世界の破壊者(I am become Death, the Destroyer of Worlds.)」
オッペンハイマーは「原爆の父」としてこの言葉を残しました。
残念なことに多くの人はこの言葉を「悪意ある言葉」として認識しています。
しかし実際は違います。
それどころか、この言葉はオッペンハイマーのオリジナルですらありません。
この言葉の元となったのは、ヒンドゥー教の聖典である「バガヴァッド・ギータ(神の詩)」です。
好奇心が強かったオッペンハイマーは本職の物理学以外にも、たくさんの文学や言語について学び、ヒンドゥー教の哲学にも強い興味を持っていました。
聖典の内容は主人公であるアルジュナ王子と、ヴィシュヌ神の化身である従者クリシュナの会話を中心に描かれたもので、700行にわたる文章は極めて深い知恵に飛んだ内容になっています。
般若心経にたとえるならば、クリシュナが悟りを開いたブッダで、アルジュナ王子が悩める弟子のポジションとなっています。
この物語の佳境において、アルジュナ王子は友人や親戚を含む敵軍と戦わなければならなくなり、苦悩します。
そのとき従者クリシュナは恐ろしい姿に変身し、アルジュナ王子に告げた言葉の1つが
「私は諸々の世界の破壊者。私は全ての人々を滅ぼすためにきた」というものでした。
誰が生き誰が死ぬかは神が決めることであり、敵軍に友人や親戚がいたとしても、結果を気にせず務めを果たすべきだ、とアルジュナ王子に伝えるためでした。
アルジュナ王子の心労を少しでも減らすための、クリシュナによるショック療法と言えるでしょう。
この言葉をオッペンハイマーは自分流に解釈して「私は死、世界の破壊者」としたのです。
そしてアルジュナ王子を支えるクリシュナの観点があれば、この言葉の真意がみえてきます。
オッペンハイマーは原爆が戦争に使われた場合、何が起こるかを誰よりも知っていました。
もしオッペンハイマーの立場に優しいアルジュナ王子がいたら、やはり原爆作成に疑問を感じたでしょう。
しかしオッペンハイマーはマンハッタン計画のリーダーとしての義務を果たさなければなりませんでした。
ただオッペンハイマーは神の化身でも王族でもなく、核兵器開発を主導したことに後悔したと吐露しています。
「私は死、世界の破壊者」
オッペンハイマーが残したこの言葉は、世界を破滅に導く魔王の即位宣言ではなく、義務と結果を割り切れない人間の呟きだったのです。
参考文献
Born−Oppenheimer 近似と断熱近似(PDF)
元論文
The maximum mass of a neutron star.