BBCによる報道を発端に、現在も毎日のようにジャニー喜多川氏の性加害疑惑に関する新しい情報が出ている。
自称第三者委員会の記者会見や新しい性加害の告発、ジャニーズ事務所の景子社長による会見開催の意向、国連人権理事会による告発者への聞き取りなど、日々話題に事欠かない。
そんな中で異彩を放つのが「日本記者クラブ会報」に掲載された日本テレビの寄稿記事だ。
この会報はウェブ上で公開されているものの、名前の通り記者クラブによる会員向け業界紙の位置づけで目にした人も決して多くは無いだろう。筆者もジャニーズ問題が無ければまず目にすることは無かったものだ。
7月10日に発行された最新の会報では、日本テレビがジャニー喜多川氏に関する報道をいかにキッチリとやってきたかを説明する寄稿記事が掲載されている。自社報道を自画自賛しながら日本テレビへのジャニーズ忖度という批判に対しては徹底的に反論する。
書き手は日本テレビの報道局社会部長とある。報道機関の人間が自社報道に関する記事を外部に寄稿するとなれば、個人的な意見を書く事はありえない。間違いなく広報のチェックも受けている。つまりこの寄稿文は現時点で「日本テレビのジャニーズ報道に関する公式見解」と考えて間違いないが、杜撰で迂闊としか言いようのない内容だ。
ジャニーズ忖度を否定する寄稿記事にジャニーズ忖度が明確に表れるという、極めて皮肉な内容だが、これはテレビ各局に共通している態度だ。
ウェブメディア編集長として、この記事の問題点を読み解いてみたい。
※ 寄稿記事の全文は文末に掲載。
受け身の報道が「大きく報じる」ことなのか?「性加害報道の原則徹する・コメント得て一報2日後」と題したこの寄稿記事を執筆したのは、日本テレビの報道局社会部長の下川美奈氏だ。プロフィールには「警視クラブキャップ 社会部デスク ミヤネ屋ニュースキャスター スッキリコメンテーターなど経て現職」とあり、主に報道畑のキャリアを歩んできた事が分かる。
まずは寄稿記事の前半を要約したい。
4月12日に行われたカウアン岡本氏の告発会見について、ニュースとして報じるには裏取り(事実であることの確認)か、最低でも相手側の反応も含める必要があった、喜多川氏が故人であるためジャニーズ事務所に確認をする必要があった、しかしジャニーズ事務所からすぐに回答がなかったためすぐには報じられなかったという。
ジャニーズ事務所は当初共同通信と一部の新聞にだけコメントを出した、テレビで報じられたくなかったのかメディア選別をする方針が見えた、しかし会見2日後にはコメントを得られてすぐに報じた、ただしカウアン氏の憶測を含んでいる発言は他のタレントに配慮して言及しなかったという。
日テレもジャニーズに忖度していると批判をされたが、『報じるタイミングも内容も報道局の原理原則に基づいていた』、その後は景子社長の謝罪動画や再発防止特別チームの会見等について『その都度、慎重かつ大きく報じた』という。概ねこのような内容だ。(二重カギカッコは寄稿記事の引用)
日本テレビの「原理原則」も以下のように紹介されている。
「ジャニー喜多川氏による性加害」 報道で、日本テレビは2点を強く意識してきた。1.「性被害・性加害」 の取材・報道の原理原則に基づき、 ぶれずに判断する。 2.「被害者」に 我々が何かを強要したり二次被害を負わせたりしてはならないし、 現役ジャニーズタレントへの憶測や中傷にも配慮する、ということだった。
一見真っ当な内容に見えるが、根本的な問題としてジャニーズ事務所にまともな取材をしていないことが分かる。ここでいう取材は事務所側の公式コメントを流すことではなく、ジャニーズ事務所にとって都合の良いことも悪いことも関係なく、独自かつ積極的に取材をしているのか?という事だ。
カウアン氏の告発会見についても二日後にジャニーズ事務所から回答を得られたから即座に報じたと胸を張るかのように正当化しているが、問い合わせに回答がなかったら報じなかったのか?
独自取材が極端に少ない日本テレビ日本テレビの公式サイトでは「日テレNEWS」というページがある。日本テレビで放送している各報道番組で流れたニュースを個々のニュースごとにまとめたものだ。そこで「ジャニー喜多川」と検索をすると性加害に関する記事はカウアン岡本氏の告発会見を報じる4月14日のニュースから数えて、執筆時点で36本ある。
本数を見るとそれなりに報じているように見えるが一部は内容が重複している他、そのほとんどが「ストレートニュース」と呼ばれる事実関係をシンプルかつ手短に伝えるものだ。ストレートニュース自体に問題は無いが、ジャニーズ事務所の謝罪動画、再発防止特別チームの会見など、公式発表が大半だ。
一部は性加害疑惑の経緯をまとめたもの、ジャニーズ事務所の対応についてリスク管理や性加害の専門家がコメントしたもの、告発者や「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の代表にインタビューしたものなど、独自取材や独自ニュースと言えるものもある。しかし大きく報じているとまでは到底言えず、踏み込みも浅い。最低限のニュースを「不自然」と言われない程度に報じているだけだ。
過去のジャニーズタレントの記事でも警察沙汰になったものは各局とも報じている。これは報じない方が不自然なものを報じていただけで、容疑者とは呼ばずに稲垣メンバーとか山口メンバーなど各社とも奇妙な表現を使っていた。
ビッグモーターとジャニーズ事務所、扱いの比較現時点で最も大きく報じられている中古車販売大手・ビッグモーターのニュースと比較をするとどうか。ビッグモーターも保険金の不正請求を行っていた、修理に出された車をゴルフボールで壊していたと大きな話題になっている。
同じく日テレNEWSで「ビッグモーター」と検索をすると、7月18日に初報が出てから10日で59本、先日行われた社長の記者会見に関するものだけで13本のニュースが出ている。ニュースの内容も現役社員のインタビューを匿名でぼかしを入れて流すなど、極めて積極的に取材をしていることが分かる。
両者は全く異なるニュースで単純な比較は出来ないが、喜多川氏の性加害疑惑がビッグモーターの保険金詐欺と比べてニュースバリューが小さいとは到底言えない。
もちろん、こういった報じ方は他局も大差は無いが、大きく報じていると反論したり自画自賛するような状況ではない。