公開したゴーン氏の声明文の最後は、以下のように締めくくられている。
今回の日産側の民事訴訟提起は、日産の一部経営者が邪悪な意図で行った不当極まりない社内調査、検察の不当な逮捕・起訴の延長上にあるものであり、公正な民事裁判が行われ、日産が主張する不正及び起訴された刑事事件の内容や問題点に精通している郷原弁護士を中心とする弁護団の反証活動により、私に対して向けられた不正や犯罪の疑いが全く理由のないものであることが明らかになるものと確信している。
ここで注目すべきは、原告の日産を代表して本件の訴訟を提起したのが、永井素夫監査委員会委員長だということだ。永井氏は、ゴーン会長に関する不正調査が行われた時から監査役として、「会長追放」の中心となった人物だ。その永井氏が、日産の代表者として、今回の訴訟を提起しているのである。
2018年11月19日の、突然の「ゴーン会長逮捕」以降の、夥しいゴーン・バッシング報道により、多くの日本人は、一連の事件を
強欲な独裁者ゴーンによる日産の私物化に加担させられていた部下の執行役員が、良心の呵責に耐えかねて監査役に「正義の内部通報」を行ったことを発端に、日産の社内調査が行われて重大な不正が明らかになり、その調査結果が検察に持ち込まれて「独裁者ゴーン」に検察による逮捕・起訴という「正義の鉄槌」が下った。有罪判決を受けて重い処罰が免れられないと考えたゴーンは、金に物を言わせて海外に逃亡した
というストーリーでとらえている。
しかし、そこには重大な誤解がある。
まず、「検察の捜査・起訴」に重大な疑問があることは、私が、ゴーン氏の最初の逮捕以降、膨大な数の発信を行い、その集大成として【前記著書】を公刊した。
そして、上記の「正義の内部通報」についても、ブルームバーグの記事「日産の社内メール、ゴーン元会長降ろしの実態を浮き彫りに」(2020年6月15日)、「ゴーン追放劇の陰の立役者はいかに日産の遺産を打ち砕いたか」(8月28日)で、
内部告発者とされるハリナダ氏が、日産とルノーとの関係の在り方等についての個人的動機に基づいて不正な方法でゴーン氏に関して情報を収集し、自ら日産の社内調査の中心になった後に検察と「司法取引」を行い、その後も日産の社内調査の中心となっていたこと
が詳細に報じられており、ハリナダ氏が「正義の内部通報者」であったことにも重大な疑問が生じている。
それに加えて、ハリナダ氏とともに社内調査の中心となったとされる永井氏が原告の代表として提起したのが今回の民事訴訟だ。ところが、日産側の訴訟対応は、100億円に及ぶ訴額の訴訟を提起した原告とは言えない異常なものであり、そのことも、日産の社内調査、ゴーン会長追放の経緯にも重大な疑念を生じさせている。
今回の訴訟で原告の日産が主張している「損害」の多くは、社内調査に関して外部の法律事務所や会計事務所に支払った費用であり、その社内調査の結果を検察に持ち込んだことがゴーン氏の逮捕につながった。
それらがゴーン氏の不法行為による「損害」であることを立証しようと思えば、調査の目的と内容を具体的に明らかにすることが必要となる。それによって、日産が行った社内調査が、本当に「経営トップの不正」についての内部通報を受けて行われた正当なものだったのか、一部の会社幹部が「ゴーン会長追放クーデター」を目的として行った不当なものだったのかが明らかになる。
多くの日本人が思い込んでいる上記のストーリーが正しいのか。全くの誤りなのか、日産側代理人が3か月後までに提出予定としている原告側書証の内容など、「日本で唯一のカルロス・ゴーン事件裁判」の今後の展開によって、明らかになってくるはずだ。
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文・郷原 信郎/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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