黒坂岳央です。
記事を書く着想を得るため、Yahooニュースの記事アクセスランキングを見ている。見るたびに思わされることがある。それは芸能人や有名人などのスキャンダルがあると、必ずといっていいほどランキング上位に来るという事だ。時には1位に一次情報としてのある人物の報道記事、2位に二次情報としてのその人物評価についてのオピニオン記事が来ることもある。
これは日本に限った話ではない。世の中には他人の動向を熱心に追う人が少なくない。だがこうした記事にまったく興味がない自分からすると「なぜまったく赤の他人にこれほど強い関心を持つ人が多いのか」と不思議になる。別に否定はしないがもっと有意義なことはあるのではないだろうか?
あくまで個人的には、赤の他人の情報をひたすら追いかけたり分析するゴシップに消費するより、自分自身の価値観や人生論、哲学に消費したいと思う。自身の視点から思うところを取り上げたい。

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どこまでいっても自分は自分で、他人は他人、全く別個体の生命体という絶対的な事実がある。どれだけ強く憧れたり、思いを馳せても自分がその人物になることは絶対にできない。そして時折「あの人は羨ましい。つい比較をしてしまい、嫉妬すらしてしまう」という投稿が見られる。だが、そういう意見を見るたびに思うのは、いかに相手を真に理解できていないかということである。
世の中で悩みのない人など誰一人いない。金銭的な悩みが解決した人には、次は金銭的に解決できない悩みがクローズアップされるものである。承認欲求段階を乗り越えた人は、次に自己実現欲求段階で試行錯誤することになる。