欧米メディアはロシア民間軍事組織「ワグネル」の指導者、エフゲニー・プリゴジン氏の行方を捜している。モスクワに進軍中のワグネルに突然、撤退命令を出し、プリゴジン氏自身はプーチン大統領とベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介で交渉し、国家反乱罪を問わないとの確約を受けると共に、ベラルーシへの亡命を勝ち取り、ロストフナドヌーに戻り、同市民の一部の歓迎を受けたまでは報じられてきたが、その後の便りがないのだ。

ロシア民間軍事組織「ワグネル」の記章 Wikipediaより
ロシアで反体制派政治家、活動家の運命ははっきりとしている。①情報機関の工作員による暗殺、②自宅監禁による監視、③別件で政治収容所送り、ぐらいの選択肢しかない。ロシア軍指導部を批判し、今回はこれまで支援してくれたプーチン大統領のウクライナ戦争も「正当な理由のない戦争」とこき下ろしたのだから、プリゴジン氏のその後はどうみてもベラルーシで悠々自適な亡命生活を送ることは期待できないだろう。プリゴジン氏自身もそれを知っているはずだ。
プリゴジン氏の行方を追う前に、どうしてモスクワ進軍を突然停止し、撤退したかをもう一度考えたい。最も考えられるシナリオは以下の通りだろう。
ワグネル軍がモスクワに向かっていた時、プリゴジン氏に電話が入った。相手は「軍の支援が十分得られないから、今回は撤退しろ」というのだ。計画では、モスクワ進軍中にロシア正規軍からワグネルに合流する兵士や軍指導者が出てきて、ワイグル軍とロシア正規軍の一部が合流した部隊を背景にプリゴジン氏がモスクワ入りするというものだった。しかし、肝心のロシア軍からの合流が予想外に少ない。これではクレムリンに圧力をかけ、城の明け渡しを要求できないという判断だ(「ワグネル傭兵隊とロシア軍の関係」2023年1月19日参考)。
冒険好きで無鉄砲なプリゴジン氏もこれでは勝算はないと判断し、プーチン氏とディールしたわけだ。もちろん、プーチン大統領が処罰をしないと約束したとしてもプリゴジン氏はそんな口約束など信じないから、クレムリンの刺客が来る前に姿を隠す必要があった。
もう一つのシナリオは、プーチン氏から電話が入った。「許すから反乱は即中止しろ」という。それだけではない。プリゴジン氏の家族が拘束、ないしは監視下に置かれている。プリゴジン氏が反乱を止めないならば、処罰するという強迫だ。家族思いで知られるプリゴジン氏はプーチン大統領がそこまでやるとは考えていなかったので驚くと共に、もはや撤退する以外の選択肢がないと悟った。