金融事業とのカルチャーの差異

 カルチャーの違いも、金融事業の分社化が検討される背景の一つだろう。金融とは、お金の融通だ。低い金利で資金を調達する。資金需要が旺盛、かつ高い利ザヤが見込める分野に投融資する。その後の展開次第で、短期間に多くの利得を手に入れることも可能だ。リーマンショック後、世界的に超低金利環境の長期化期待は高まった。米国のIT先端分野など、成長期待の高い分野に投資資金は流入した。買うから上がる、上がるから買うという強気心理は高まり、ナスダック総合指数など株価上昇は鮮明化した。強気相場が未来永劫続くと、根拠のない楽観も増えた。

 しかし、そうした環境が長続きすると限らない。いずれ、相場は天井を付け、資産価格は下落する。2022年3月以降、米国ではインフレ鎮静化のための利上げによって、金利が急上昇した。同年、ナスダック総合指数は33%下落した。ITスタートアップ企業、商業用不動産の価値は下落した。3月以降、4つの米中堅銀行が破たんした。

 一方、ソニーは、最先端の理論と新しい発想を結合し、エレクトロニクスや映画などの分野で成長を目指した。製造技術向上には、基礎研究の蓄積、応用が欠かせない。経営陣は、自社の強みが何であるかを把握し、高い成長が期待されるモノやコトを生み出さなければならない。それは、金融の発想と異なる。そうした取り組みを重ねても、短期間で成果が出るとは限らない。2012年以降、ソニーが進めた構造改革からそれが確認できる。2011年度、ソニーは4,567億円の最終赤字に陥った。業績を立て直すために、人員削減や資産売却が実行された。得られた資金は、画像処理半導体のなどに再配分された。

 ただ、成果が出るには時間がかかった。2014年1月、ムーディーズはソニーの信用格付けを、非投資適格級の「Ba1(ダブルBプラス相当)」に引き下げた。テレビやパソコン事業の不振による収益悪化は深刻と判断された。当時、金融事業はソニーの業績悪化、信用力の低下を食い止めるために重要だった。その後、ソニー経営陣は比較優位性が発揮できる半導体事業などの強化を急いだ。CMOSイメージセンサー市場でソニーは、世界トップシェアを手に入れた。獲得された資金は、音楽、映画、ゲームとネットワークサービスなどの分野に再配分され、収益分野は拡大した。

高まる成長加速の期待

 その結果、2022年度の連結売上高は約11兆5000億円に増加した。金融ビジネスを除くと、約10兆円の売り上げが獲得された。それは、2021年度の連結売上高(9兆9000億円)を上回った。収益に占める金融事業の割合は低下している。ソニーは、エレクトロニクスとエンターテイメントのシナジー効果の向上を目指し、選択と集中を進めるべき局面を迎えたと考えられる。

 ムーディーズによる格付け見通しの引き上げは、製造技術向上、それによる新しいコンテンツ創出加速への期待の裏返しといえる。一連の構造改革によって、ソニーは製造技術、コンテンツの創出力に磨きをかけた。その結果、音楽のサブスクリプション契約者数が伸びるなど、業績の安定性は高まった。

 また、日本の産業政策の変化も大きい。政府は、戦略物資として重要性高まる半導体などの分野で民間企業への支援を強化している。熊本県にソニーはTSMC(台湾積体電路製造)やデンソーと連携して半導体工場を建設している。工場の稼働開始により、搭載点数が急増する車載用半導体分野での収益増加も期待される。ソニー経営陣は、金融事業の上場によって得た資金を、エレクトロニクス、エンタメ両分野での事業領域拡大につなげようとするだろう。それが実現すれば、フリーキャッシュフローの増加期待は高まり、信用力は向上する可能性も高まる。

 今後、ソニーに期待したいのは、ウォークマンのように世界をあっと驚かせる、新しい最終製品の創造だ。多くの人が思いつかないような発想を実現し、新しい市場を生み出す。そこにソニーの、ソニーたる所以があるように思う。現在、米国ではサブスクリプションやSNSなどIT先端分野のビジネスモデルの行き詰まりは鮮明だ。一方、急激にチャットGPTなど生成型AI(人工知能)の利用が増加している。日本経済において、ソニーは加速度的、かつ非連続的に変化する事業環境に対応し、世界的な競争力を発揮しうる数少ない企業だ。脱コングロマリット戦略の実行によってソニーの成長が加速し、日本企業に前向きな影響が波及する展開を期待したい。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

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