岐路に立つ中小ブランドたち
我々買い手に見えないところで、壮絶な戦いが繰り広げられていたのが、スイスにおけるサプライヤーリソースの取り合いです。そしてそれは現在も続いています。
私がいちばんスイス時計業界で嫌いな風習が、サプライヤーやメーカーが、生産が遅れていても、オーダーを入れた顧客に知らせるどころか、しびれを切らして問い合わせても、あたかも遅延が当たり前かのような態度をとるところです。いくら日本の代理店や小売店が、我々買い手のためにいつ入荷するかを調べようとしても、本国が半年や1年遅れても仕方がないというような態度であれば、どうしようもありません。
コロナ禍においてこの数年その傾向はさらに加速していて、某人気新興ブランドにおいては1年以上も人気モデルを生産できませんでしたが、末端消費者は単に人気があるとだけ捉えているという状況です。
そのような時代に人気が出てしまったブランドを悩ませたのが、「売りたくても作れない」状況です。今回の旅では、その戦況を生き抜くための、各ブランドの戦略が見え隠れしました。
多くの中小ブランドにとっては、サプライヤー依存は当然の話で、部品を調達するためにはあらゆる手を使って交渉するわけですが、当然ビジネスでは弱者が不利となります。
その中でも、アーミン・シュトロームのように資金が潤沢なブランドは設備投資を行い、部品の内製率を高めています。
今回幸い見学することができたローマン・ゴティエやフォーメックスはその点ではかなり有利です。ローマン・ゴティエに関しては、皆様もご存じの超有名ブランドにも欠かせない、2ミクロン精度を誇るパーツサプライヤーです。フォーメックスに関しては関連会社である中堅サプライヤーのディクセルと開発や生産部門が統合されており、同じ工場内で皆様も大好きなブランドのブレスやケースを生産しています。
もう一つの古典的な解決策としては、独立時計師のように、部品から作ってしまうという手もありますが、当然風防のサファイアガラスなどを含めすべてが自社で作れるわけではありませんから、このサプライヤー問題は大なり小なりすべてのブランドに共通する課題だと言えるでしょう。
多くのブランドの新作がそこまで面白くないと感じられた方もいらっしゃるでしょうが、その原因のほとんどがこの生産における問題であると言えます。新作を展示会の時期に合わせて発売したくとも、部品の調達が間に合わず、仕方なくカラーや素材のバリエーションを増やしたり、既存のムーヴメントを違うケースに放り込んで、異なった意匠でリリースしたりと、各々ブランドの苦労も伺えるイベントでした。
コロナ禍でトレンドの波に乗った大手ブランドは販売力増強にも資本を投入できるため、既存の小売店販売網を切って縮小したり、売れ線をすべて直営ブティック限定モデルにしてしまったりと、自社の利益を優先する方針に舵を切っていることは、皆様ももうお気付きのことでしょう。
しかし中小ブランドは、共通してまた違う問題に直面しています。
日本のデパートなどでは、1ブランドあたりの在庫本数をコミットされられており、中小ブランドであろうとも有無を言わさず一定の本数を店舗ごとに展示させられています。しかし、回転しない在庫が何年も売れずに転がっていることが、新しいものを売り出したい中小ブランドにとっては頭痛の種となります。
直販やインターネット販売、クロノセオリーなどの新たな販売形態が展開される近年では、中小ブランドにとっては大手小売店での販売は非効率となってきています。
面白いことに、今回はいくつかの中小ブランドに共通して、既存の代理店と交渉して、もしくはそれと契約を切ってでも、販売する店舗数をどうにか減らしたいという声が聞かれました。
今回私は参加する余裕がありませんでしたが、その他ジュネーブ市内では、時計にゆかりのあるスポットをガイド付きで巡るツアーなども豊富に開催されています。来年行かれる方は、予約を取ってブランドのミュージアムを見学するのも良いかもしれません。特にオーデマ ピゲは、本社と併設されたミュージアムのすぐ横にある、同社が運営する素敵なホテルに宿泊することもできますのでおすすめします。
また、中小ブランドや独立系ブランドは顧客密着型で我々を手厚く歓迎してくれますから、興味のある方は来年のこの時期にジュネーブに来て、アポを取って直接それらの工房や時計師を訪れるのも楽しいですよ。
見え隠れするこの先の流れ
過剰な腕時計市場の熱も収まり、業界では下向き傾向が見えるという話も出始めましたが、そのブームに乗って新しい時計愛好家が生まれたいまは、コロナ時代前よりも購入者の裾野が広がり、層が厚くなり、底上げされたことは明白です。
ここも誤解されがちな点ですが、ブランドの大小に関わらず、突然生産数を増減することは非常に困難であり、言い換えれば、コロナ禍に認知度が上がった人気ブランドは、すぐにその熱が冷めるわけではないということです。なぜなら、供給される数が今後も限られるからです。
その制限の中で、各ブランドが自社のカラーをどのように設定して、推しているかを見るには、こういった現地の展示会に参加するのがいちばん良い機会です。
実際にW&Wでは、業界人向けの公開日と、今年から初の試みとなった一般公開日では、訪問客の流れがまったく違いました。前半では普通に入れたロレックスブースのデイトナ展示には、一般公開日には連日長蛇の列ができていましたからね(笑)。
大手ブランドのブースでは、なかなか中に入って話を聞くことは難しいですが、中小ブランドのブースでは社長や時計師が説明していることがほとんどですから、趣味が独立系ブランドであれば、なおさら参加する楽しみは増えます。
おそらく2024年のWatches & Wondersも一般公開日が設定されることでしょうから、ぜひ皆様もジュネーブを訪れてみてください。腕時計が好きであればあるほど、さらにその世界が広がりますよ。
書き手 Chrono Peace(くろのぴーす)
超絶レアピースからチープウオッチまでと幅広く、自らが気に入った時計を実用し、SNSで話題を集める極端な時計愛好家
提供元・Watch LIFE NEWS
【関連記事】
・【第4回-セイコー(プレザージュ&セイコー 5スポーツ)】3大国産時計の売れ筋モデルを調査、本当に売れた時計BEST3
・【1位〜5位まで一挙に紹介します】“タイムギア”読者が選んだ、欲しい腕時計ランキングTOP10-後編
・進化したエル・プリメロを搭載したゼニスの意欲作、“クロノマスター スポーツ”が登場
・菊地の【ロレックス】通信 No.078|小振りで着けやすいベーシックな旧エアキング
・アンティークの無名クロノグラフって知ってますか?