新鮮なイカは肉厚で弾力があり、コリコリとした歯ごたえと癖のない甘みが特徴的です。
さっきまで泳いでいたイカをさばいて、刺身で食べると絶品でしょう。
しかし釣り上げたイカは繊細であり、生きたまま、しかも弱らせずに私たちのもとに届けるのは簡単ではありません。
水槽の中で時間が経過するうちに、どうしても身が痩せてしまうのです。
今回、金沢大学環日本海域研究センターの鈴木信雄氏ら研究チームは、海洋深層水でイカを飼育すると身が痩せないことを証明しました。
海洋深層水の効果は、これまで経験的に認められてきましたが、この度、科学的な根拠を明らかにすることができたのです。
研究の詳細は、2023年5月10日付の科学誌『Scientific Reports』に掲載されました。
イカの飼育は難しい
料亭や鮮魚店では、食用の魚を生きたまま保管しておく「活魚水槽」が設置される場合があります。
この水槽は人目を引くため集客にも効果的ですが、本来は生きた魚を飼育し、新鮮な食材として提供するためのものです。

しかし大海原を泳いでいた魚たちにとって、この水槽は牢獄のようなものであり、適切な管理ができていなければ、途端に弱ってしまいます。
せっかく生きたまま調理できても、病的で痩せ細った魚だとその美味しさも半減することでしょう。
特にイカは、飼育や保管が難しいことで有名です。
イカは非常に繊細であり、慣れるまでは生きたエサしか食べません。
水質によってはすぐに死んでしまうほどであり、仮に生き延びたとしても身が痩せ細ってしまうのです。
では、どうすれば生きたイカの良好な状態を維持できるでしょうか?
海洋深層水で飼育するとイカの身は痩せない
専門家たちの経験上、イカの飼育に海洋深層水を利用すると、身が痩せずに長期間飼育できることが知られてきました。

海洋深層水とは、水深200m以深に存在する深海の海水のことであり、ホタルイカ、ダイオウイカなど、実際に深海に生息しているイカも少なくありません。
そしてこの水には海産動物にとって多くのメリットがあります。
例えば、海洋深層水には低温安定性があります。
表層水の水温は、太陽熱によって季節ごとに大きく変化しますが、太陽光の届かない海洋深層水の水温は、低温のままほとんど変化しません。
水温が一定なので、水質の変化も少なく安定しており、この水質の安定性が海洋動物の飼育に効果的なのです。
また海洋深層水は、表層水と異なり、浮遊物や細菌類がほとんどなく、この水で育った海産動物には病害が発生しにくいと言われています。
さらに海の表層では、海洋生物の死骸やフンが細菌に分解されて、無機栄養塩などが作り出されます。
これらの多くが深海へ沈んで蓄積されていくため、海洋深層水には豊富なミネラルや栄養分が含まれています。

そのため海洋深層水には、イカだけでなく、増殖・養殖分野において海産動物の生育を改善する効果があることも経験的に知られてきました。
水質が安定し、細菌が少なく、ミネラル・栄養分に富んだ海洋深層水は、生きた魚やイカたちを元気にしてくれるのです。
ところが、これらの効果に対する科学的な根拠は明らかになっていませんでした。
海洋深層水がイカの体にどのような影響をもたらしているのか証明されたことはなかったのです。