DPAが書いている「密告者」(独語Denunziantentum)の例を紹介する。

①ロシア人夫婦がロシア南部カバルディノ・バルカリア州の療養所の食堂に座って話していた。ウクライナ戦争が勃発した直後だった。妻はキーウに住む87歳の母親のことを心配し、「戦争は起こるべきではない。両国にとって不幸だ」と語った。夫婦の隣のテーブルにいた女性がその言葉を聞き、治安関係者に通報した。自国軍の「信用を傷つける」ことに関する新法の適用を受け、ロシア人夫妻は逮捕された。彼らは後に釈放されたが、裁判所は3万ルーブル(約355ユーロ・約5万2600円)の罰金刑を言い渡した。

②モスクワの南東にあるペンザ市では、英語教師が戦争を批判する発言をしたとして生徒らから非難され、5年の執行猶予を言い渡された。

③サンクトペテルブルクでは車の中でウクライナ音楽を大音量で聞いている隣人に迷惑を受けた住民が警察に通報した。男性は350ユーロ以上の罰金を支払わなければならなかった。

④モスクワでは、中学2年生がロシアの紙旗を潰したとしてクラスメートの母親から通報を受けた。

⑤モスクワで、母親は徴兵を回避してきた自分の息子を当局に密告した。

密告の伝統はクレムリン内にも及ぶ。スパイ行為と反逆行為が再び流行する勢いだ。クレムリンでロシア幹部がプーチン大統領の統治に不満を表明した場合、遅かれ早かれプーチン氏の耳に入る。賢明な軍幹部は同僚を決して100%信頼しない。相互に信頼関係のないロシア軍幹部の指揮下の戦争で成果が上がらないのは当然ともいえる。逆に、祖国防衛で結束しているウクライナ軍はたとえ数で劣るとしても、ロシア軍を窮地に追い込むことができるわけだ。

情報機関出身のプーチン氏は「密告社会」を作り、国の統治網を構築したが、独裁者にはなれても、敵軍との戦いで勝利したり、国民の自由なイニシャティブが不可欠な経済活動を促進させることはできない。独裁者は体制に問題が出てくると、国民に「愛国心」を訴える作戦に出るが、密告社会では真の愛国心は育たないのだ。これは中国共産党政権にも言えることだろう。習近平国家主席は、ここにきて頻繁に愛国心を強調し出した。習近平主席の基盤が揺るいできた証拠だ(「中国の監視社会と『社会信用スコア』」2019年3月10日参考)。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。