米国NIH所長であったフランシス・コリンズ博士とGISAIDの間には、シークエンス情報提供者の権利を守る観点で摩擦があったようだ。この問題は国際ハップマッププロジェクトでも大きな議論となった。
われわれを含む研究機関が生み出した遺伝子多型結果を即時提供したのだが、第3者がそれを情報解析して論文にまとめると研究機関には謝辞以外に何も残らなくなってしまう。参画機関は日々のデータを生み出すことに必死でそれを日々コンピューター解析していくような余裕はなかったのだ。
私も文部科学省に対して説明ができなくなるので大変だった。データに対するオープンアクセスを確保しつつ、国際プロジェクトの参画機関の権利も保証するといっても口で言うほど容易ではない。当時は第3者の研究者倫理に期待する方法を取って問題はなかったが、コリンズ博士はウイルスゲノムシークエンスデータを提供する研究者たちの権利を守る方法を模索していた。
感染症対策として、ウイルスゲノムや細菌ゲノム情報の速やかな収集とオープンアクセスは極めて重要だ。コロナ感染症対策でゲノム情報の重要性がほぼ無視し続けた日本の専門家にとっては、ゲノム情報は「ブタに真珠」的だが、真珠の価値がわからないのは3年経っても変わらない。
人工知能と同じで、新しい技術や仕組みには、国際的な活用ルールが必要だが、各国の思惑や利害が対立するために一筋縄では行かない。思惑でルール作りが遅れると、技術の進歩が先行して、抜き差しならない状況が生ずる。ChatGPTがまさに、それに相当する。グローバル化はいいが、日本という国が埋没しないような思考が政治家には不可欠だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2023年5月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。