ルイス・マウントバッテン氏Wikipediaより

マウントバッテン家は、もともとドイツのバッテンベルク家で英国に帰化して英語風にあらためたものだ。

バッテンベルク家は、もともとヘッセン大公家の一員だったが、「貴賤婚」(モーガナティックマリッジ)といわれる身分違いの結婚で家名を継げず、別家を起こした。

ヘッセン大公ルートウィッヒ2世とその妃ビルヘルミーネの子供のうち、四男のアレクサンダーは、父母が別居中に生まれ、公妃と愛人アウグスト・ルートビウィヒ・フォン・スナルクラン・ド・グランシー男爵との不義の子である。

アレクサンダーの同父妹であるマリアは、ロシアのアレクサンドル2世(ニコライ二世の祖父)と結婚して家格を上げたが、アレクサンダーはポーランド人のユリア・ハウケ伯爵令嬢との貴賤婚を強行した。ユリアはヘッセンの家名を名乗れず、別家バッテンベルク女伯爵とされ子供たちもそれを姓とした。

長男のルードウィッヒは、英国軍人となって帰化し、ミルフォード=ヘイヴン侯ルイス・アレグザンダー・マウントバッテンとなった。その娘がギリシャ王子アンドレアスと結婚して生んだのがフィリップ殿下である。

次男のマウントバッテン・オブ・ビルマ伯爵ルイスは、最後の独立前と独立直後のインド総督をつとめたが、『ザ・クラウン』では夫人がネルー首相の愛人になっていたというエピソードが紹介されていた。

父と疎遠だったフィリップにとっては父親がわりでチャールズ国王にとっても信頼する祖父みたいなものだった。

もっとも、チャールズに女遊びを勧め、一方で妃は世間知らずの処女でなければならないと指導し、その助言にしたがって、ルイスがIRA(アイルランド共和国軍)の分派によってヨットで爆殺されたあと語り合ったのがダイアナだった。

昭和天皇/エリザベス女王 Wikipediaより