日本を代表する自動車メーカーである日産自動車 <7201> 、SUBARU <7270> の無資格者による完成検査の不正問題が2017年9月から10月にかけて発覚した。社長らが謝罪会見を行ったが、メイド・イン・ジャパンの信用喪失に繋がりかねない問題である。住宅でも建築工事の段階的な確認検査や完成検査が行われるが、この住宅の完成検査において不正はありえるのだろうか。今回の日産、スバルなど自動車メーカーとは検査の過程にどのような違いがあるのか比較してみる。
日産、スバルの完成検査は何が「不正」と問題視されたのか
自動車メーカーは、新車を製造し、その最終段階で国の安全基準に適合しているかどうか、また、車種の「型式」の構造などについて確認をする車両の「完成検査」を行う必要があるとされる。その検査に合格した車両が販売店などに出荷される流れだ。
車両の完成検査は本来であれば国が行う必要があるとされるが、毎日大量の車両が生産されており、出荷までをスムーズに運ぶため、各メーカーの「検査に必要な知識、技能を有する者のうちあらかじめ指名された者」が代理で行うことが認められている。
今回、大きな問題になった点は、国の代理であるメーカーの完成検査が「無資格検査」であったことであり、法令に反した行為であるとされる。
車両の完成検査員に求められる資格は「メーカーの裁量」に任されていた
メーカーの完成検査員は国の代理とはいえ、その「資格」は国家資格ではなく、人数や習熟度、選定基準などは各メーカーの裁量に任されていたのが実情だ。メーカー共通の基準制度や業界認知度の高い資格制度がなかったことが、30年以上も無資格検査が続いてきた要因のひとつとも考えられるのではないだろうか。
住宅の中間検査、完了検査は検査員と工事監理者が立ち会う
住宅を新築する際にも、様々な段階で「検査」が行われる。法律で定められた検査のほか、住宅会社が独自で行う社内検査、施主が確認する施主検査などだ。中でも建物の性能や法令に関係する重要な検査は以下の検査になる。(住宅瑕疵担保責任保険に加入、2階以下の場合)
(1)建築確認申請
建築確認申請とは、住宅建築を着工する前に行政に所定の申請書類と設計図面を提出するもので、建築主が申請者となるが、書類や図面は住宅会社、設計事務所が作成するケースが多い。行政は申請された建物が「都市計画法」や「建築基準法」などに合致したものであるかどうかを審査する。この確認申請でGOサインが出なければ着工は出来ない、また、確認申請をした建物に対して完了検査を受けられる仕組みになっているため、最初の重要な審査になる。
(2)基礎配筋検査
基礎配筋検査は、住宅瑕疵担保責任保険に加入する場合に実施する1回目の検査である。基礎の鉄筋が組まれた配筋工事完了時に、保険を利用するために定められた設計施工基準に適合しているかを検査することが目的である。基礎の高さや配筋ピッチなどの項目を住宅会社の工事監理者と検査員が立会い検査を行う。この基礎配筋検査で適合合格となれば、次の躯体検査を受けることができる。
(3)躯体検査
躯体検査は、住宅瑕疵担保責任保険に加入する場合に実施する2回目の検査であり、1回目の基礎配筋検査に適合合格しているものとされる。木造の住宅なら、屋根工事完了時から内装の下地張り直前までの間で行うことができる。屋根、壁などの構造について工事監理者と検査員が立会い検査を行う。
(4)完了検査
完了検査は、住宅の建築が完了した場合に役所に完了申請を提出し、完成した住宅に検査員と工事監理者が立会い検査を受ける。確認申請に提出された内容で正しく建築されているかなどについて検査をし、もし建築中に軽微な計画変更があった場合でも、法令の適合性に関係がなければ検査に支障はない。完了検査は法第7条によって義務となっており着工前の確認申請と対であるという捉え方である。完了検査に合格すると「検査済証」が発行される。
日産、スバルと住宅の場合では「検査員」に違いがある
車両も住宅も「検査員が検査を行う」という点では同じだが、「検査員」に、明確な違いがある。自動車メーカーの場合は「検査員」が内部の従業員で構成され、社内試験を受けて資格が得られた従業員が検査員と認定される。国家資格ではなく、試験の内容も各メーカーの裁量となる。
一方、住宅の場合の「検査員」は、確認申請と完了検査は行政の建築主事、又は、都道府県知事の指定を受けた民間の指定確認検査機関が行うこととされている。検査員は「建築基準適合判定資格者」という国家試験の合格者のみが認められ、この試験は、1級建築士の資格を持った人で、且つ、2年間の実務経験がある人だけが受験できるというハードルの高さだ。合格を手にした人が建設大臣に登録し行政機関に従事する人を「建築主事」、民間の指定確認検査機関に従事する人を「確認検査員」としている。
住宅では、「検査員」が社内ではなく、第三者機関になることで、公正な完了検査が可能な仕組みとなっていると言えるだろう。また、法令の確認は消防法、農地法なども含め幅広いばかりか、それぞれ確認チェックが入る担当部署や行政機関も変わる。社内レベルで通るような仕組みではなく複雑だ。
住宅では「検査員」の不正は考えにくい
日産、スバルの無資格検査は、現場の従業員は法令違反の認識はあったようだ。国の立ち入り検査がある時には、無資格検査をしていた従業員を当日は別の業務に従事させるなど、不正の事実を隠していた。
検査員が同じ会社の従業員であることが、こういった不正が起こりやすい状況であったこと、また、無資格でも習熟していれば問題がないという社内全体の雰囲気が蔓延していたこと、社内で対応するには人出不足であったことなども不正が永年続いてきた要因のひとつかもしれない。
住宅の場合、検査員の資格を持った「建築主事」や「確認検査員」とは、当然日常的に密に連絡を取るが、検査上での便宜を図るというようなことはほとんど考えられないだろう。なぜなら、検査は立ち合いで目視での確認チェックの他、配筋など実際にスケールを当てた状態で寸法を写真に収めるなど、裏付けがされるためだ。不適合とされる場合は、是正指導もある。国家試験を持つ特別な検査員である認識から、公正な判定を行う。
万が一検査で合格にならなければ、それに伴う余波は大きい。確認申請がおりなければ住宅の着工が出来ず施主に多大な損害を与えてしまう。また、基礎配筋検査や躯体検査は住宅瑕疵担保責任保険が関係しているため、合格しなければ保険の加入が出来なくなる恐れがある。完了検査は、合格の検査済証がないと金融機関の融資が実行されない場合もある。各検査は、補助金交付の要件に関連して含まれることもあり、施主、金融機関、保険会社、行政などとの関係性から、検査で合格することは、住宅会社にとっては必ず必要な要件と言えるだろう。
このように、住宅の場合は、「検査員」は行政などの第三者であること、保険や金融に関わることなどであることから「検査員」という視点では比較的安心感が持てると考えられるだろう。
住宅の不正は「検査員」ではなく、申請書類に隠されている?
建築業界での不正を考えた場合、疑惑は「検査員」ではなく、その「申請書類」に隠されているのではないだろうか。
今から10年以上さかのぼる2005年に耐震構造計算書偽装事件が発覚したいわゆる「姉歯事件」は、設計図書を作成する立場である一級建築士が、構造計算書を意図的に偽装したとして逮捕され、中堅のマンションデベロッパーであったヒューザーは破綻し、当時は大手のマンションデベロッパーも含め欠陥マンション疑惑が世間を騒がせた。
戸建てと高層マンションでは、検査基準などに違いはあるが、「検査員」は第三者が行うという点では同じである。しかし、「姉歯事件」は構造計算書を偽装していたにもかかわらず、確認申請は合格となり、建築が行われていた。それは、なぜなのか。
当時の検査システムは、提出された構造計算書を外からチェックできる検算機能が備わっていなかったとされる。また、検査員は第三者ではあるが、申請内容を精査する検査機関の「チェックの目」に甘さがあり不正を見過ごしていたという指摘もあった。
「姉歯事件」以後の法改正で不正はなくなったのか
姉歯事件の後、不正の再発防止をするために2006年6月に国土交通省は建築基準法・建築士法の改正を発表した。新たに導入・改正された制度は下記の通りである。
(1)構造計算適合性判定制度の導入
高さ20mを超える鉄筋コンクリート造の建築物など一定の高さ以上の建築物は、第三者機関による構造審査(ピアチェック)を義務付ける
(2)建築確認の審査機関の延長
構造計算適合性判定制度の導入のため、本来21日間であった審査機関を35日に延長する。
(詳細な構造審査を要する場合には最大70日間)
(3)確認申請書類の補正があった場合は再申請扱い
従来、設計図書の中で適合しない、不整合などがあった場合は補正処理となっていたが、内容の訂正等がある場合は、再申請を行わなければならない
(4)3階建て以上の共同住宅は中間検査を義務とする
(5)確認申請の設計者欄に関わる全員の氏名を記名する
上述のような改正が行われた以降、確認申請の書類は膨大になり、作成側もチェック側も負担は多くなった。しかし、その処理の多さが不正の根絶に結びついているかどうかは、今もなお疑問視されているのが実情だ。実際、姉歯事件後も2015年には杭偽装が発覚し、やはりデータ改ざんという書類上の偽装が騒がれた。
建築業界をよく知る人なら、姉歯事件や杭偽装問題は他人事とは思えぬ気持ちで事件を見つめていたのではないだろうか。元請業者からコストの削減を求められる設計会社、下請け業者、孫請け業者は価格競争により、コスト削減の方法を模索しなければならない。そのため、コスト削減のしわ寄せは、構造の安全に係る部分にも手をかけられ、「偽装」という不正行為が繰り返されているのではないだろか。
今回の日産、スバルのような完成検査は、従業員による検査であったことを考えると、住宅では「社内検査」の感覚に近い印象がある。品質に問題はないのだろうと信用はしているが、やはり「社内の人間」が行うか、「社外の人間」が行うかでは、「検査員」としては対外的な信用度がかわってしまう。しかし、外部の「検査員」であったとしても、すでに完成物(提出物)があたかも合格できるものであるかのように改ざん行為がなされていたら、検査自体が無意味なものとなる。
車両でも住宅でも、万が一何かがあった時には結局エンドユーザーが損害を被ることにならないよう、何のために検査をするのか、またそこにしっかりと「誠意」が存在するような仕組みづくりが大事なのではないだろうか。
文・岩野愛弓(宅地建物取引士、住宅専門ライター)
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