世界的大企業を
ベンチャーのごとく経営する「第四創業期」

同社の半期決算説明を聞くと、グループ経営を本格的に稼働するため、横(国を跨いで世界中を飛び回る)と縦(現場に降りて消費者の声に耳を傾ける)を文字通り縦横無尽に移動し、スピードと統一を両方手に入れるための施策を考えていることがよくわかる。柳井正会長兼CEOは、これを「第四創業期」と命名していた。

柳井正会長兼社長の発する言葉がやや抽象的だと過去にも指摘してきたがそれは今回も同様だった一方で、役員たちの言葉に力強さを感じた。かつて、ファーストリテイリングの最大のリスクは(後継者への継承が進まないということも含め)柳井正氏という傑出した存在にあるという認識を多くの産業界の人がしていた。だが今はその問題は解決され、ファーストリテイリングの人材が有機的に末端まで「柳井イズム」を理解して社員全員が力強く動いている印象を受けた。

さて、このセグメント別半期決算を見ると、中国(韓国、台湾などは増収増益)だけが負け越しているようで、あとは全て作対比を超えて成長しているようだ。確かに、中国はゼロコロナ政策によって、国民の自由な移動が制限されていたしサプライチェーンも万全ではなかった。

具体的数値は示されなかったが、中国も23年1月からは増収増益になっているという。この部分のみを信じれば、同社は同社のいうように完全な「成長期」に入ったことになる。そして驚くことに、今後10年で今の3倍の売上規模となる「売上高10兆円」を狙うという。

地球上に10兆円のアパレル企業など存在しないから、人類が誰も到達しなかった「一枚数千円の服のビジネス」で前人未到の領域にゆくことになるわけだ。ファーストリテイリングの営業利益率は15%だから、もしこの水準のまま10兆円を達成したら、同社の営業利益は1兆5000億円となる。トヨタの直近の営業利益が3兆円(売上30兆円)なので、事業価値ではほとんど負けていない可能性もある。

あえて問いたい「ファーストリテイリングに死角はないのか?」

10年後10兆円をめざすファーストリテイリングの死角とは?財務と戦略を徹底分析!
(画像=『DCSオンライン』より引用)

それでは、ファーストリテイリングに死角はないのか?

私は、ファーストリテイリングが継続する「より大きく、より高く」という方向に対し、畏敬の念を抱きながらも、あえて苦言を呈したいと思う。

それは、果たして同社が取引するアジアの工場、そして、日本での衣料品の廃棄ゴミはどうなるのか、という疑問から端を発するものだ。ファーストリテイリングは、「2030年までに全使用素材の50%をリサイクル繊維に変える」言っており、それ自体は素晴らしいことである。

だが、以前の論考で述べたように繊維業界の再生繊維というのは、いわゆる「ゴミ」から作ったポリエステルで、その服を捨てれは、ペットボトルを捨てるのと同じであり、こんなことを許していたら、アパレル産業は「ゴミの終着駅」になってしまう。

私は、ペットボトルを作っている飲料メーカにペナルティを課して、繊維産業にアディショナルコスト(ポリエステルを反毛するコストや着心地の悪さのコスト)を負担させる、あるいは、国が車の燃費に対してエコカー減税をかけたように、環境と共存するコストを補助金負担するということをすべきだと思う。例えば大手ブランドで、CO2排出に一石を投じるブランドを立ち上げるも全く泣かず飛ばずの状況であり、今はIRから姿を消しているようなブランドもある。SDGsは、私が最初から言っているように企業にとってチャンスではなくコストなのだ。「Z世代は違う」などというが、先日大阪で講義を行った際、Z世代に環境コストを出してでもサステナブルな服を買うかを尋ねたところ、そんな人はゼロだった。むしろ、安ければShein(シーイン)に列をなすのが今の若い世代なのだ。これは、マーケティングを完全にミスリードしている結果起きている。

 これと同じことが「10年で3倍の売上」という方針に滲み出ている気がする。私は若いころ同社の中途採用に応募したことがある。そこで私は「御社のようなリーディングカンパニーこそ、世界の見本たる、ポスト資本主義、ポスト売上至上主義のありようを見せるべきです」と発言して瞬殺され「もう、来なくて良いです」と追い返されたことがあった。

 私は、今でもその考えは変わっておらず、例えばだが、これからは売上ではなく、株価が企業のスケールを表す指標となり、財務3票はキャッシュフローが主体になる、つまり、株価とキャッシュフローで我々は初期的にビジネスモデルの健全性を図るような時代が来て、その先陣を切るのが私たちだ、という具合に宣言してもらいたかった。高い売上目標を立てるのは、現段階では世界で高いシェア率を獲得しているとは言い難く、存在感が小さいからだというのが日経新聞の論調だが、もはや人類の経済活動に対して単なるSDGs対応でなく、企業の在り方そのものから未来像を語ってほしかったというのが私の意見である。

プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)

10年後10兆円をめざすファーストリテイリングの死角とは?財務と戦略を徹底分析!
(画像=『DCSオンライン』より引用)

ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト

提供元・DCSオンライン

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