3月3日の「桃の節句」に、女の子の健やかな成長を祈って飾られる雛人形。
この雛人形には飾り方、並べ方が決まっているのですが、実はその並べ方は時代や地域によって違いがあるのです。
一体どのような違いがあるのでしょうか?
ここでは雛人形の並べ方について解説します。
地域差のある男雛と女雛の並べ方

雛人形の並べ方は、地域によって違いがあります。
京都をはじめとした関西と他の地域では、男雛と女雛の並べ方が反対になります。
男雛と女雛
いわゆる「お内裏様」と呼ばれるのが、男雛です。
親王とも呼ばれており、天皇を表したものとされています。
女雛が「お雛様」のことで、十二単と呼ばれる豪華な装束を身にまとっている人形の方になります。
こちらは皇后を表しているとされています。
京雛の飾り方(京都をはじめとした関西の雛人形)
京都をはじめとした関西の一部の雛人形である京雛の飾り方は、「向かって右側が男雛、左側が女雛」という並べ方が一般的です。
関東雛の飾り方(他の地域の雛人形)
関東をはじめとした地域で扱われているいわゆる関東雛は、「向かって左側が男雛、右側が女雛」という並べ方です。
京都と関西の一部以外は、全国的に見てもほぼこの飾り方になります。 結婚式での新郎新婦の並び方と同じですね。
飾り付け方が違う理由

京都と関東では、なぜ雛人形の並べ方が逆になるのでしょうか?
京雛の飾り方は伝統的な飾り順
京雛の飾り方は「伝統的な飾り順である」といわれています。
向かって右側が男雛、左側が女雛という並べ方は、古式の雛人形の並び方と同じ。
日本にかつてあった「左上位」「左上座」の考え方を再現しているそうです。
京都では伝統を重んじる風習があるため、日本古来のしきたりを守り、古式の雛人形の並べ方が現在も続いているといわれています。
ちなみに、神社で手水を使う時に左手から清めるのも、古来の「左上位」の考えから来ていますよ。
飾り方に変化が生まれたのは西洋化したため
関東雛のように向かって左側が男雛、右側が女雛という並び方に変化したのは、日本が時代とともに西洋化したためといわれています。
明治時代の日本では、西洋の文化やマナーを徐々に取り入れた際、男性が右(向かって左)という西洋のマナーも取り入れられました。
実際、大正天皇が即位された際も右側に立っていましたし、昭和天皇も常に皇后の右に立っておられたんだとか。
この皇室も取り入れたマナーが関東雛にも導入されたことで、男雛は向かって左に飾られるようになったといわれています。