冬眠中のクマに血栓ができない理由を解明

分析の結果、冬眠中のクマには「HSP47(Heat shock protein 47)」というタンパク質がほとんどないと分かりました。

HSP47は通常、骨や軟骨などの結合組織を構成する細胞に見られます。

加えて、血小板の表面を覆い、白血球の一種である「好中球」を引き付けて結合。血栓形成に関与する「網状構造」を作り出す働きがあるようです。

この「網」はタンパク質や病原体、細胞を閉じ込めて血栓を作り出すため、HSP47のレベルが高いと血栓が発生しやすくなります。

冬眠中のクマは血栓の発生に関わるタンパク質「HSP47」のレベルが低い
Credit:Ole Frobert(Aarhus University)_Researchers decode the secret of bears in pursuit of new treatment against blood clots(2023)

そして冬眠中のクマは、HSP47のレベルを活動期の約50分の1まで低下させることで、血の巡りが悪くても血栓が発生しないようにしていたのです。

しかもクマが活動期に戻ると、このHSP47のレベルは元に戻っていました。

この特性を人間にも適用するなら、静脈血栓塞栓症(エコノミー症候群)の新しい予防薬・治療薬を開発できるかもしれません。

次にチームは、血栓の発生とHSP47の関連を他の動物で確かめるため、HSP47を生成しないよう遺伝子操作したマウスを作り出しました。

その結果、このマウスでは血栓がほとんど発生しませんでした。

では、人間でも同様の効果が得られるのでしょうか?

長期間動かない人間は「血栓が発生しにくい体」になっていた

研究チームは、HSP47の効果を人間でも確かめるため、脊髄損傷で動けなくなった人間から血液サンプルを採取しました。

このような患者は体を動かさずに一生を過ごしますが、クマと同じように血栓が作られることはあまりありません。

そして分析の結果、彼らの予想通り、ヒト患者も冬眠中のクマのようにHSP47のレベルが低いと分かりました。

長期間動けないヒトでも、HSP47の低下が見られた
Credit:Canva

追加の検証として、チームが10人の健康なボランティアに27日間の絶対安静をお願いしたところ、HSP47のレベルは時間の経過と共に低下していきました。

これらの結果は、人間が長期間固定されると、体が自然にHSP47を低下させ、血栓の発生を防ぐことを示唆しています。

ただしこの適応はすぐに起こるわけではないため、事故で体が動かなくなった直後や、長時間の飛行機移動などでは、依然として静脈血栓塞栓症のリスクが高い状態にあります。

もしこの期間に意図的にHSP47の低下を引き起こせるなら、静脈血栓塞栓症の予防に役立つかもしれません。

研究チームは、「抗凝固薬は既にいくつかのタイプが存在しますが、HSP47の研究が進むなら、副作用の少ない抗凝固薬を開発できるかもしれない」と考えています。

血栓とは本来、怪我をしたときにその傷を塞ぐために形成されるものです。そのため血液の抗凝固薬があまり強すぎると、傷ができたとき塞がらないという問題を発生させてしまいます。

生物が冬眠などの長時間同じ姿勢を維持する状況のとき、自然と作られる血液の状態を再現することで、血栓の予防に繋げられるという今回の知見は、「血栓を予防しつつ、過剰な出血に繋がらない」理想的な抗凝固薬の開発に役立つ可能性があります。

実現まで遠いとしても期待して待つ価値はあるでしょう。

参考文献
Researchers decode the secret of bears in pursuit of new treatment against blood clots
Hibernating bears don’t get blood clots. Now scientists know why
“Swiss Army knife” bears reveal anti-blood-clotting secret

元論文
Immobility-associated thromboprotection is conserved across mammalian species from bear to human