財政健全化に対する取り組みは重要だが、景気への最大の配慮が必要といえよう。まず指摘しておきたいのは、財政健全化は当初の想定以上に進んでいるということである。背景には、当初の想定ほどは社会保障の給付費が増えていないことがある。

実際、2012年3月に厚生労働省が策定した社会保障にかかわる費用の将来推計によると、2015年度時点の給付費は119.8兆円の見通しだったが、実績はそこから4.9兆円も下ブレしており、名目GDP比で見ると大きく低下に転じている。更に、既に2016年度の実績も公表されている概算医療費を見ると、一連の政策効果もあり、減少に転じている。

こうした社会保障効率化の成果に対して、2022年から団塊世代が後期高齢者入りするため、社会保障費の膨張が懸念され、更なる社会保障効率化の加速が必要とする向きもある。確かに、団塊世代が後期高齢者入りすれば、年金の自己負担率の低下や医療費の増加等が社会保障の膨張要因となろう。

しかし、それらを加味した社会保障にかかわる費用の将来推計を見ても、給付費の見通しは2015~2020年の増加幅+14.6兆円に対して、2020~2025年の増加幅は+14.5兆円とやや縮小している。この背景には、2020年代以降はシニア人口の増加率が低下し、給付費が伸びにくくなることがある。

前回の消費増税からの示唆

特に、2014年4月の消費税率引き上げには多くの示唆がある。注目すべき点は、近年に個人消費が大きく調整されたのはリーマンショック、東日本大震災、消費税率引き上げの3回あるが、リーマンショックは2年後、東日本大震災は1年後に個人消費が元のすう勢に戻った。

にもかかわらず、2014年4月の消費増税では元に戻るのに3年かかり、その後の家計消費のすう勢も下方屈折してしまっていることからすると、いかに社会保障の効率化が進む中で消費税率引き上げの影響が大きかったかがわかる。これは重要なポイントである。

日本のGDPギャップは過大評価の可能性

また、日本経済はすでに完全雇用の状況にあり、需要刺激策は必要ないという指摘がある。実際に、内閣府や日銀が公表しているGDPギャップを見ると、いずれもプラスとなっており、日本経済が完全雇用の状況にあることを示している。

しかし、そのわりには日本の物価や賃金の上昇圧力が乏しい状況にある。背景には、政府や日銀のGDPギャップの計測が誤っている可能性がある。実際にIMFのGDPギャップを見ると、日本は依然としてマイナスであり、完全雇用に至っていないことを示している。

なお、政府や日銀のGDPギャップが過大評価されている背景としては、非自発的失業が存在しない完全雇用失業率の水準が近年低下していることが反映されていない可能性が指摘できる。

不透明感の高い内外経済

そういう不安定な中で、既に米国はGDPギャップがプラスとなり経済が過熱してきている。こうなるとFRBが金融引き締めを強化するため、これまでの経験則ではGDPギャップがプラスに転じてから2~4年後には景気後退局面入りしている。

したがって、この経験則に基づけば、早ければ2019年の後半には米国が景気後退入りするリスクが出てきている。更に、日本も2019年度後半以降には五輪特需の勢いがピークアウトする可能性を秘めていることからすると、2019年10月の消費税率引き上げを決断する今秋に景気が良いからと言って、1年後は必ずしも100%景気が回復を続けているとは言い切れない。

緊縮財政が経済に及ぼす影響

だからこそ、消費税率引き上げには最大限の景気への配慮が必要なのである。実際、欧米主要国の財政収支が大きく改善した90年代の長期金利を見ると、長期金利の低下が緊縮財政の悪影響を緩和していたことを示している。一方で日本の長期金利は低水準であったことからすれば、緊縮財政の悪影響を緩和する度合いが小さかったことがわかる。

そして、現状で政府が拡張的財政政策を実施すると、日銀がイールドカーブコントロール政策を導入しており、上昇圧力がかかる長期金利を抑え込むため、ケインズ政策の効果が発揮されやすくなる。しかし、逆に緊縮財政政策ではその悪影響が増幅してしまう。これは、緊縮財政政策を行うと金融政策も引き締め方向になることを示している。

つまり、日銀がイールドカーブコントロールを導入している中で政府が緊縮財政を行うと、国債の需給が引き締まって長期金利に押し下げ圧力がかかるため、日銀の国債購入量が減ることを通じて金融引き締めになる。これに対して政府が拡張的財政政策を行うと、日銀が金利上昇を抑えるために国債の購入が増え、金融も緩和されることになる。

文・永濱利廣(第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト )/ZUU online

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