『007/カジノ・ロワイヤル』に登場した毒物「ジゴキシン」

ジェームズ・ボンドシリーズの映画『007/カジノ・ロワイヤル』では、カジノのポーカー勝負の場面で、悪役がジェームズ・ボンドのマティーニにジギタリス系の毒を盛ります。

ボンドは応急処置とAEDの電気ショックによって何とか息を吹き返していました。

ここに登場するジギタリスとは地中海を中心にアジアや北アフリカ、ヨーロッパに分布する植物です。

ジギタリス
Credit:Kurt Stüber (Wikipedia)_ジギタリス

そしてこの葉から抽出されるジゴキシンは、心臓の収縮力を強める薬として利用されています。

心臓の筋肉(心筋)が収縮するには、心筋の細胞の中にカルシウムが入らなければいけませんが、ジゴキシンは、心筋の中のカルシウム濃度を増大させることで収縮力を強くしています。

そのためこの薬は、心不全などで心臓が弱っているときに用いられます。

ところがジゴキシンを大量に摂取すると、心室細動に移行する場合があり、死に至る恐れがあります。

推定致死量は10mg以上だと考えらえています。

毒性学の父と呼ばれたパラケルスス氏は、「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量こそが毒であるか、そうでないかを決めるのだ」という格言を残しており、ジゴキシンはまさにこのケースに該当するでしょう。

横溝正史『八つ墓村』に登場する毒物「ストリキニーネ」

「スタイルズ荘の怪事件」のジャケットイラスト
Credit:John Lane(Wikipedia)_The Mysterious Affair at Styles

アガサ・クリスティーの推理小説『スタイルズ荘の怪事件』では、スタイルズ荘の女主人が「ストリキニーネ」で毒殺されます。

ストリキニーネは、インドや東南アジア、オーストラリアに分布する植物マチンの種子から得られます。

ストリキニーネは非常に毒性が強く、体内に入ると、脊髄や脳幹に多く存在する「グリシン」を遮断します。

マチンの果実
Credit:Lalithamba from India(Wikipedia)_マチン

このグリシンは通常、抑制性神経伝達物質として働いており、ニューロンの活動を遅くし、筋肉の収縮を防いでいます。

ところがストリキニーネを摂取すると、これらの機能が遮断されるため、ニューロンと筋肉の過剰な活性化がもたらされます。

結果として、激しい痛みを伴って全身の筋肉が痙攣し、最悪の場合、呼吸麻痺により死に至ります。

人体における致死量は体重1kgあたり1mgです。

既知の毒物の中でも劇的な痛みを生じさせることで知られており、その特性から文学などで描かれることが多いようです。

横溝正史の推理小説「八つ墓村」でもストリキニーネが使用されています。

同じ「毒殺」でも、化学物質によって死に至る経緯は大きく異なる
Credit:Canva

ドラマや小説に登場する毒物がどのように人を殺すか解説してきました。

フィクションの中で毒物を口にした被害者は、一様に苦しんで倒れています。

しかしその体内では、毒物の種類や量によって様々な反応が生じており、死に至る経緯は全く異なるのです。

どのように抽出され、どう作用するかは物語を読む人より作りたい人にとって重要な情報かもしれませんが、たまには毒物の中身について興味を向けてみるのも面白いかもしれません。

参考文献
Poisons are a potent tool for murder in fiction – a toxicologist explains how some dangerous chemicals kill