EUの抱えるジレンマ

ウクライナ戦争等による石油、ガス、電力料金上昇に直面してもEU域内において脱炭素政策に対しては幅広い政治的支持がある。2022-23年の冬を大過なく乗り切り、かつエネルギー需要、電力需要の低下、再エネのシェア上昇もあったことからRePower EUが機能しているとの自信を深めている模様である。

他方、EUがかかえるジレンマもある。第一に2022年8月に成立した米国のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act: IRA)に対する危機感である。

IRAで提供されるインセンティブが巨額であり、EUに比べてエネルギーコストが安く、カーボンプライシングもない米国にグリーン残業の基盤がシフトしてしまう可能性がある。

例えばフォンデアライエン委員長は2022年12月にIRAの有する「バイ・アメリカン」のロジックや補助金競争の可能性について懸念を表明している。このことが2023年2月1日、EU委員会は「グリーン・ディール産業計画」(Green Deal Industrial Plan)の発表、3月の「ネットゼロ産業法」(Net-Zero Industry Act)の提案につながっている。

特にこれまで厳しく管理されていた加盟国の国家補助ルールを、EU全体の競争力向上のために緩和する議論が起きていることは注目される。ルール緩和により国家補助を拡大する経済余力のある独仏と、それ以外の国で路線対立が生じている。

第二にグラスゴー合意以降の世界の排出動向(2021年、2022年と連続で過去最高を更新)を見れば、EUがいくら頑張っても、2030年▲45%、2050年全球カーボンニュートラルが不可能であることは誰の目にも明らかであることだ。

EUにとって1.5℃目標は今や宗教のようなものであり、いかに実現可能性がなくとも、これを見直したり、断念したりすることを口に出せる状況ではない。欧州で高コストの温暖化政策に疑問を差しはさむコメントをすると「ファシスト」的な扱いを受けるという話を聞いた。これはプラグマティックな政策論議を阻むものである。

例えば現在のエネルギー危機に対応するために化石燃料投資、特にガス投資が必要であることは自明であるが、政策担当者がそれをオープンに言えない「空気」が支配的である。他方、BP、シェルといったEUメジャーは既存油田・ガス田投資だけでは不十分ということはわかっており、注意深い言い回しながら、新規油田・ガス田投資の必要性に言及しはじめている。

第三に2050年全球カーボンニュートラルに決定的な影響を与えるのは先進国ではなく、中国、インド等の途上国であるが、彼らは温暖化防止をトッププライオリティにおらず、欧米先進国がそれに対する有効なレバレッジを有していないことだ。EUが導入する炭素国境調整措置(CBAM)の一つの目的は新興国の行動を促すことにあるが、中国、インドはCBAMが枠組み条約に反発を強めており、CBAMが彼らの政策変更につながる可能性はほとんどない。

EUが1.5℃目標へのコミットメントから野心レベルを引き上げ、域内エネルギーコストが上昇すれば(CBAMの導入はEU域内の物価上昇をもたらす)、片やエネルギーコストの安い米国とのグリーン産業競争上、不利となり、片や中国等、温暖化目標と心中するつもりのない新興国とのレベル・プレイイング・フィールドが更に失われる。

こうした状況にEU域内の産業がどこまで持ちこたえられるのだろうか。