人間は本能的にも、理性的にも、近親婚を避けます。
それは、近親婚によって遺伝性疾患を持つ子供が生まれやすくなるからです。
同様に、外部との交流を完全に退ける少数部族にも、遺伝的なリスクが付きまとうでしょう。
そしてこれは人間だけの問題ではありません。
シャチは、地球上最も広く分布することに成功した哺乳類の1つであり、海の王者と呼ばれています。
最近、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の海洋漁業局に所属するマーティ・カルドス氏ら研究チームは、あるシャチの集団の個体数減少には、近親交配が関係していると報告しました。
シャチの排他的な部族は、他のシャチとの交配を拒み、絶滅への道を歩んでいるというのです。
研究の詳細は、2023年3月20日付の科学誌『Nature Ecology & Evolution』に掲載されました。
北太平洋のシャチ集団が絶滅の危機に
現在、世界中に広がっている人間すべては、生物学上はホモ・サピエンスというただ1種に属しており、その上で人種や部族で分けられています。
同様にシャチも、世界中の海のさまざまな海洋環境に生息していますが、それらすべては生物学上「シャチ(学名:Orcinus orca)」のただ1種に属しており、その上で住んでいる海域や特徴によって区別されています。
つまりシャチはクジラのように多様な種類のある生き物ではなく、全部同じシャチであり国民性のような違いがあるだけなのです。

例えば、南極海域に生息するシャチは、エサや体の特徴の違いによってA~Dタイプに分けられています。
また北太平洋付近では、特定の海域に定住し魚を餌とする「定住型(レジデント)」、小さな群れや1頭のみで生活し決まった行動区域を持たない「回遊型(トランジェント)」、沖合に生息し巨大な群れを形成する「沖合型(オフショア)」の3タイプに分けられます。
それぞれのタイプでは遺伝子の違いが確認されたものもあり、亜種や別種として扱うよう求める声もあるようです。
いずれにせよ現在のシャチの調査については、地域で異なる部族の研究や保護という見方をするのが近いかもしれません。
そして今回研究チームが注目したのは、北太平洋の北東部に生息する定住型のシャチ集団です。

彼らは「サザンレジデントシャチ(Southern resident orcas)」と呼ばれており、絶滅危惧種に指定されています。
人々が何十年も保護に力を注いできたにも関わらず、絶滅の危機から救うことができていません。
1990年半ばには100頭近くいましたが、現在は73頭まで減少しています。
一刻も早く原因を突き止めて、適切な対処を行う必要があるのです。
そこでチームは、サザンレジデントシャチたちの遺伝子情報を調べ、他のシャチたちと比較することにしました。
この調査には、近年死亡した個体を含む、約100頭のサザンレジデントシャチのDNA解読が含まれています。