「プロとしての成功」とは?
プロ選手になるまでの道のりは易しいものではないため、苦労してやっとプロの肩書きを手に入れた後は、その名誉が「目標達成」として完結してしまう選手も少なくない。では三浦が特別なカリスマ性を持ったプロ選手だとして、プロとなった後に成功する人と、そうで無い人との大きな違いとは何なのだろうか?福田氏は、その差は本当に少しのことだと語る。
「プロの選手として常に抱いていなければならないことは『野心』と『情熱』の2つ。これがあるかどうかが重要。そして、プロとして成功したと言える1つのポイントとして、選手として長く仕事を続けられたかどうか」
長く続けるためには、内側から湧き上がる野心と情熱という感情が必要となる。人間が好きなものなどに向き合った時に燃え上がる感情こそ「情熱」で、それをエネルギーとして「野心」が芽生え挑戦していく。この原理で考えるとプロ選手は、如何にサッカーが好きかどうか?がキーワードとなりそうだ。これはまさに史上最高齢の54歳でJ1リーグでプレーした経験を持ち、世界最高齢での得点ギネス記録を持つ三浦の率先して体現していることであると言えよう。
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2人の海外監督からの影響
福田氏は、非常に影響を受けた人物として自身が関わった2人の海外監督を挙げた。
1人目は、日本代表時代に代表監督に就任したオランダ出身のハンス・オフト監督(1992-1993)である。「オフトの視点は、いつも選手の良い点をとても見てくれていた。特に、得意なことをやらせてくれたという事、そして、あるものを最大限に活かすという事、この2つが今までの監督とは違った指導方法だった」と福田氏は語る。
この方法から同氏が見出したのは、得意なことを活かすことで選手は自然と成功体験を得やすくなり、それが自信へと繋がっていくということ。自信が持てるようになると、苦手なことにも挑戦しようとする勇気が生まれてくるということ。前向きな循環が自然と構成されるということだった。
2人目は、浦和時代(1992-2002)に指導を受けたドイツ出身のホルガー・オジェック監督(1995-1996、2007-2008)だ。「オジェックがいなかったら、今の立場の自分は居なかったと思う」と力強く語る福田氏。95年に同監督が就任する前は、自身の強みや得意なことを活かしきれず不調が続いていた。しかし同監督は就任後各選手に明確な役割を与え、福田氏には「君は点を取ること」と、試合中に何を重視してプレーをすれば良いのかをしっかりと伝えたという。
そして福田氏が重要だと感じたことの1つに、同監督が選手をちゃんと評価することを挙げている。「オジェックは選手の役割を明確にするだけでなく、常に選手たちを見ているし、見ているからということを選手に気づかせちゃんと評価をしてくれる。それを感じた時に大きな安心感を得ることができた」と語った。実際に当時の福田氏は、同監督就任後に勢いを上げてリーグで得点を挙げ、遂に日本人初の得点王(1995)となったのである。
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