マーケティングの弱さと政治的立ち位置が素材産業を破壊

こうした世界に誇る素材産業も、実は、アパレルと全く同じ理由で、産業成長を日本自身に阻害されている。どういうことか説明しよう。
一例が、ユニクロの中国新疆綿の使用による突然の米国輸入禁止であるが、世界で最も使用が多い綿糸については、新疆ウイグル自治区の問題の前に、拙著「知らなきゃいけないアパレルの話」で明らかにした映画「The True Cost」の影響を知っておきたい。
The True Costでは、米国でセスナ機をつかった農薬散布が、その地域一帯でガン患者を異常発生させ、洗いをしているインドでは、奇形児が山のように生まれている様が映し出されている。
この映画によって、いわゆる「人権派」「不勉強なSDGs信仰者」が、「綿糸は農薬まみれ」と一括りにし、米国の綿糸の輸出に打撃を与えるようになったのである。
綿糸の生産量は、大きく米国25%、中国25%、エジプト20%、インド20%、その他10%のような割合(実際は天候による生産量で変わる)で、米国と宿敵中国は対立関係にある。
ここからは、私の推論になるが、米国による新疆綿を通じた中国への攻撃は、こうした政治的背景があると見ている。なぜなら、私は何社も「糸商」と呼ばれる糸の供給者に話を聞いたが、「流通されている綿糸の3倍以上の価格のオーガニックコットンを除けば、現実問題としてどこに新疆綿が使われているかなど分かるはずがない」というのが彼らの意見だったからだ。
「仮にユニクロのシャツが輸入禁止になるなら、米国からシャツは一切姿を消すだろう」とも言っていた。私は、イタリアの高級ファッションブランドであり生地メーカーでもあるゼニア社のOBともZoomでつなぎ、同じ見解を得た。
世界最高品質の素材を供給しているといわれているゼニア社でさえ、新疆綿の違いなど分からないといっているのだ。これは言いがかりにも等しいもので、言うなれば「米国 vs 中国 綿の代理戦争」なのである。
さて、私があえて本日、素材について書いたのは、価格が全ての世の中になり、次の消費の担い手である「Z世代」を中心に、素材に対する良し悪しを理解する人を一人でも増やしたいからだ。
洋服の問題の80%は素材に起因し、さらに、その80%の90%が染色工程に起因する。
それほど、洋服の松竹梅のカギを握るのは素材なのである。こうした当たり前の国際標準についての知識を、多くの日本人は有していない。素材メーカーのほとんどは、用途目的をハッキリさせないまま原材料を作り、あとは、マーケターが決めてくれ、というのが(ユニクロのヒートテックなどを除き)日本のやり方だ。
イタリア、スペイン、ドイツなどの素材産業は、必ずアパレルと共同で素材を開発するため、素材のブランド化に成功している。だから、イタリアやドイツのような先進国の素材産業は巨大産業として君臨しているのだ。
欧州の素材を10年近く担当していた私は、日本と欧州のやり方に大きな違いを感じている。エセSDGsがはびこっているなか、日本では「よいものに対する文化の破壊」が起きており、危惧すべきことだ。良いものを正しく理解することからSDGsが始まると言っても良いのである。
プロフィール

河合 拓(経営コンサルタント)
ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで) デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
提供元・DCSオンライン
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