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研修医の頃、勤めている病院に「怪しい治療」をしている医師がいた。
すべての診療がそうではないのだが、診療の一部で何やら指で輪を作って引っ張ったり、漢方薬の袋の上から「念」のようなものを送り込んだり、ホメオパシー的なこともしているらしい。
端的に言って怪しかった。
僕はその頃、EBMや最新のエビデンスを学んで患者さんに適切な医療を提供しようと日々奮闘していたわけで、そんな僕にとって、怪しい治療など論外中の論外、エビデンスのない治療はすなわち悪だったのだ。
もちろん僕からその医師とお近づきになりたいとは思わなかった。同じ病院にいるにも関わらず、かなり距離を置いていた。医療という科学的根拠が求められる神聖な場に、オカルト的な要素を持ち込んでくることに対し、大きく違和感を感じていたのである。
いや、もっと言えば…「闇落ち」などと言っていたような気もする。若干バカにしていたかもしれない。
ただ、僕は何も行動はしなかった。
実は医師の世界には「他の医師の行動には基本的に口を挟むべきではない」という空気がある。
ひどい治療をする医師でも、多くの場合周囲の医師は何も言わないのが通例だ。だから他の先輩医師たちも、本人のいない所で嘲笑的に話題にすることはあっても、決して本人にそれを指摘することはなかった。
そんなある時、僕はたまたま忘年会の席でその先輩医師の隣席になった。僕は内心「その話になったら嫌だなー」と思いつつ、ありきたりな会話でその場を繕った。
そんな僕の気持ちを見透かしてか、先輩医師はこう言った。
「君は僕がやってる治療についてどう思う?最新のエビデンスやEBMを学んでいる若い君たちにとって、僕がやってることはエビデンスのない出鱈目に映るかもしれないよね。」
と。
図星を突かれた僕は、しどろもどろになってしまったような気がする。
医師は続けた。
「でもさ、僕がやってる治療、僕が自分でも効果を確信してやってると思う?」
僕はその言葉に驚いた。