豊田氏がまだ存命ならどういうことを言うだろうか。恐らく「EV(電気自動車)やテスラのイーロン・マスクCEOとどう取り組むか」という次世代の重大な経営課題があるからいいのだと、言ったでしょう。

もう一つ、意表を突かれ、経営思想の一端を垣間見たことがありました。務めていた新聞社のグループ出版社の「月刊中央公論」で、「トヨタが日本を変える」というような特集を組んだことがありました。

日経連会長に奥田碩・元社長が就任するなど、あちこちにトヨタ人材を派遣していました。雑誌の特集のことを伝えると、即座に怒った表情を浮かべ「そんなにトヨタのことをほめないでほしい。役員や社員が慢心してしまうと困る」と。

並みの会社の経営者なら「ありがとう」という反応でしょう。豊田氏は「そんなのは迷惑です。トヨタの問題点を外部からみつけ、それを指摘してくれるのが皆さんたちの役目だ。問題点こそ突いてほしい」と。

豊田氏の死去に関する情報を調べてみましたら、ちょうど同じ頃、日経ビジネスがインタビュー記事(2000年4月)を掲載していました。同じようなことをあちこちでいっていたのです。

「トヨタは強いと言われるので、社員に慢心みたいなものがでてこないか心配している。慢心は滅びの始まりだ。お願いだから『トヨタは強い』なんで書かないで下さい」と、編集者に要求していました。

強力なライバルの存在が企業を成長させるのは、企業に限ったことではない。国際政治でも、「米国対ソ連」の冷戦があったからこそ、米国は必死になった。ソ連が崩壊してしまったら、国内の分断化が始まり、民主主義も弱体化している。国の結束が緩んでしまっています。

日本政治でも、自民党対社会党の対立があった時代は、自民党もまともでした。今の野党は分散し、対抗勢力にならない。自民党政治に緊張感がなくなり、財政が赤字の山を築いても、危機感を持ちません。小選挙区制で世襲政治家が「政治を相続」するようになり、緊張感が失われ、次世代の政治の劣化が懸念されます。

編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年2月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。