赤ちゃんカンガルーのうんちが、牛のメタンガス発生の歯止めになるかもしれません。
米ワシントン州立大学(WSU)の研究チームはこのほど、赤ちゃんカンガルーの糞から作り出した微生物の培養液に、牛の胃の中でのメタン発生を抑制する効果があることを発見しました。
しかもメタンの発生を防いだだけでなく、代わりに酢酸が生成されたとのことです。
牛が鼓腸(お腹にガスが溜まること)によって体外に排出するメタンとは異なり、酢酸は筋肉の成長を助けてくれるため、牛にとっても有益となります。
研究の詳細は、2023年1月付の科学雑誌『Biocatalysis and Agricultural Biotechnology』に掲載されました。
カンガルーのうんちが温暖化対策の武器となる?
牛がゲップやオナラとして排出するメタンは、温暖化を進行させる原因の一つとなっています。
というのも、メタンは二酸化炭素に次いで地球上に多い温室効果ガスであり、二酸化炭素の約30倍もの温室効果があるからです。
加えて、大気中に放出されるメタンの半分以上は畜産部門に由来すると考えられており、特に牛やヤギなどの反芻(はんすう)動物が最も大きな要因となっています。
反芻とは、ウシ目の哺乳類の一部が行う摂食方法で、口の中で咀嚼した食物を一度飲み込んで反芻胃に送り込み、そこで部分的に消化した後、再び口に戻して咀嚼するというもの。
そのため、研究者の間で牛のゲップやオナラを減らすことは笑い事ではなく、かなりシリアスな問題なのです。

これまでの取り組みでは主に、ガスを生成しにくい餌に変えたり、メタン生成を止めるための化学物質を与えたりしていました。
しかし、メタンを生成する細菌は化学物質に対してすぐに耐性を持つようになります。
また、メタン生成菌の増殖を阻害する薬剤の開発も試みられましたが、これらは牛の生理的な機能に悪影響を及ぼし、乳量の減少などを引き起こす可能性があるのです。
そのため、なるべく化学物質を使わずに、牛や環境にやさしい新たなアプローチが必要とされていました。
WSUの研究チームは以前から、牛の反芻胃のメタン生成菌に対抗する新たな方法を模索し続けています。
その中で、カンガルーの腸内にメタン生成菌ではなく、酢酸の生成菌がいることを発見しました。
そこでチームはカンガルーから糞サンプルを採取し、その中にいる微生物を詳しく分析。
すると、酢酸を生成する特殊なプロセスは大人にはなく、カンガルーの赤ちゃんにしか存在しないことを特定したのです。
チームはこの酢酸生成菌を牛の胃に移植することで、メタン生成菌に取って代わることが可能なのではないかと考えました。

早速チームは、牛の反芻胃を模した人工胃による実験を開始。
この人工胃はチームが牛の消化プロセスをシミュレートするために作成していたものです。
今回の試みでは、糞サンプルから酢酸生成菌のみを特定して単離することができなかったため、その細菌を含んでいる糞中の微生物叢から培養液を作成することに。
実験ではまず、人工の反芻胃に既存のメタン抑制剤を投入して、ある程度メタン生成菌を減らした後、酢酸生成菌を含む培養液を投与しました。

その結果、酢酸生成菌はメタン生成菌を抑制しながら、それらと同等の増殖スピードで増えていき、数カ月のちには完全にメタン生成菌に取って代わったのです。
人工胃の中ではメタンの発生がなくなり、酢酸が生成されている様子も確認されました。
酢酸は筋肉の成長を促進する働きがあるため、牛にとってもメリットがあると考えられます。
研究主任のバージット・アーリング(Birgitte Ahring)氏は「今回得られた培養液は非常に優れた効果があり、近いうちに、実際の牛の反芻胃でも実験を行いたい」と話しています。
今後の研究の結果次第では、赤ちゃんカンガルーのうんちが環境問題に対する意外な解決策になるかもしれません。
参考文献
Baby kangaroo fecal microbes could reduce methane from cows
Baby kangaroo poop may hold the key to reducing cows’ methane emissions
元論文
Reducing methane production from rumen cultures by bioaugmentation with homoacetogenic bacteria