欧州では、エネルギー価格の上昇がインフレを主導している。EU統計局(Eurostat)の「EU基準消費者物価指数」(HICP)によると、最近では物価上昇の約4割がエネルギー品目の価格上昇に起因している(図表1)。
 エネルギー価格上昇の背景には、天然ガスの価格高騰がある。天然ガス価格は2021年半ばから上昇を始め、足元ではコロナ前の4倍超の水準で高止まりしている。脱炭素への取り組みが進む欧州諸国では、供給が不安定な再生可能エネルギーへの依存度が高く、天候不順が生じると、天然ガスへの代替需要が増加しやすい。
 さらに、ロシア産資源の調達難が天然ガス価格の高騰に拍車をかけている。ウクライナ侵攻の後、ロシアは西側諸国による制裁への報復措置としてドイツの主要パイプライン「ノルドストリーム1」などに代表される欧州向け天然ガス供給を大幅に削減した。この結果、足元の供給量は例年の15%程度にまで落ち込んでいる(図表2)。欧州諸国は天然ガス輸入の半分近くをロシアに依存してきたことから、天然ガス不足に対する懸念が一気に高まった。こうして進んだ天然ガス価格の高騰で電力などの光熱費が上昇し、欧州のインフレ率を大幅に押し上げている。
 エネルギー価格の上昇を受けて、特に製造業は光熱費の高騰など投入コストの上昇を、販売価格に転嫁する動きを加速させている。このような企業の姿勢から、物価上昇圧力は財価格をはじめとする幅広い品目に波及している。
 最近では、エネルギー価格の騰勢は鈍化しているものの、先行きの不透明感が増している。欧州諸国では、液化天然ガス(LNG)などロシア産資源の代替となるエネルギーを受け入れる設備が十分に整備されていない。各国はLNG受け入れ基地の新設などを進めているが、稼働開始には時間を要する。結果として、ガス調達を急いでも供給が滞り、中期的にガス需給の逼迫が続く可能性がある。
 このようなエネルギーインフレに加えて、欧州では、労働者が賃上げ要求を強めており、企業が人件費の増加を価格転嫁する動きも見られている。次回は、賃金面からの物価上昇圧力について詳しく見ていく。

中長期化が予想される欧州のエネルギーインフレ
(画像=『きんざいOnline』より 引用)
中長期化が予想される欧州のエネルギーインフレ
(画像=『きんざいOnline』より 引用)

文・日本総合研究所 調査部 マクロ経済研究センター 研究員/ 後藤 俊平
提供元・きんざいOnline

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