私たちがスポーツ漫画やアクション漫画を読むとき、頭の中では、まるでキャラクターたちが本当に動いているかのように感じています。
1枚の絵がアニメーションのように感じられるのは、漫画家や芸術家たちがその表現方法を追求し、磨いてきたからです。
では、クリエイターたちはどれほど昔から平面で「動き」を再現しようとしてきたのでしょうか?
そのヒントは古代遺跡にありました。
1枚の紙で「動き」を再現する漫画家たち
動画が誕生したのは19世紀であり、現代人には欠かせないメディアの1つとなりました。
しかし人類は、動画が誕生する前から、何らかの方法で「動き」を再現したいと考えてきました。
その到達点の1つに現代の漫画があります。
例えば、森川ジョージ氏の漫画の1コマでは、ボクシングにおける人体の動きが「残像や線を描く」という手法で表現されています。
[漫画家目指している新人さんへ④]
(→続き)ジャブの軌道を絵描きます。残像が見えるような速さを頭に置いて、いい塩梅になるように線を入れます。
このコマだけでゆうに千本以上の線が入っているので、ペンの腹を使うのは避けます。腹を使うとインクの渇きが遅く、週刊連載に向いていません。(続く→) pic.twitter.com/UZsiXq3y1d— 森川ジョージ (@WANPOWANWAN) March 28, 2020
この絵を見た時、だれも「肩から複数の腕が生えている」とは考えません。
「目にもとまらぬ速さとまっすぐな軌道でジャブが繰り出されている」ように感じます。
「1枚の平面」には存在しないはずの「動き」を感じ取ることができるのです。
では、「各動作の静止画を並べて一連の動きとして見せる」という手法は、いつから用いられてきたのでしょうか?

ギャグマンガの巨匠と呼ばれた赤塚不二夫氏が最初でしょうか?
実はもっと昔から「動きの表現」は追求されてきたようです。
古代の人類も「動作の表現」を追及していた
イラン南東部の遺跡「シャフレ・ソフテ(“焼けた都市”の意味)」で、1つのゴブレットが発見されました。

これは約5200年前のものだと考えられており、側面には飛び跳ねるヤギと植物の絵が5パターン描かれています。
そして考古学者たちは、これらを「連続した一連の絵」だと認識しました。
並べられた絵によって、ヤギが飛び跳ねながら植物の葉を食べる様子が再現されているのです。
つまり5200年前のクリエイターも、1枚の平面でなんとか動きを表現しようと工夫していたのです。
ゴブレットを回転させるとパラパラ漫画のような効果も生まれるため、アニメーションのルーツとも言えるでしょう。
動きを表現した古代の例は、ほかにもあります。
フランス南部のショーヴェ洞窟には、最古級の洞窟壁画があります。
この壁画の年代については、約3万2000年前のものと主張する考古学者もいます。

そして10mを超える壁画には、馬やバイソン、ライオンが含まれた狩猟シーンが描かれています。
この壁画では人類最古とも呼べる、漫画的表現が動物たちの動きに対して用いられているといいます。
あるバイソンには8本の足が描かれていますが、これを分割して見ると、バイソンの走り方を表現したものだと分かります。

これら過去の事例について、オーストラリア・グリフィス大学(Griffith University)の芸術学者レイラ・ホナリ氏は、2018年の論文で次のように述べました。
「これは、人類が数千年前から動物の動きに魅了され、一連の連続イメージを捉えるためにエネルギーを注いできたことを示唆しています」

人類は少なくとも動画が存在する数千年以上も前から、「動き」を意識してなんとかそれを絵で表現しようと試行錯誤を重ねてきたのでしょう。
その積み重ねが「現在の漫画の表現」にも繋がっていると言えるでしょう。
今や動画は本よりも手軽にスマホで楽しめるコンテンツです。それでも漫画は廃れることなく確固たる地位を獲得しています。
確かに、動きが重要なスポーツやアクションのジャンルでも、漫画が動画に取って代わることはありませんね。
これは遠い過去から現在に至るまでの「動きを追求した」クリエイターたちの情熱の成果だからなのかもしれません。
参考文献
The World’s Oldest Animations Stretch All The Way Back to Cave Times