人体のいくつかのパーツは左右対称です。
しかし全く同じ構造ではないので、右手を左手として移植したり、右耳と左耳を入れ替えたりできません。
そんなことをすれば、親指と小指の位置が逆さまになったり、耳の向きが前後反対になったりするでしょう。
では、眼球はどうでしょうか?
一見左右の違いが内容に見えますが、誰かの右眼を左目に移植するということはできないのでしょうか?
今回はそんな素朴な疑問について解説します。
現在の目の移植は「角膜移植」
現代医療において「目の移植」と言った場合、それは一般的に角膜移植のことを指しています。
角膜とは目の前面中央部(日本人では黒目の部分)を覆う透明な組織です。

角膜は入ってきた光を屈折させて網膜(目の奥にある光を感じる層)上で焦点が合うようしたり、目を保護したりするのに役立ちます。
そのため角膜が弱くなったり傷ついたりすると、視界がぼやけ、目の病気につながります。
点眼などによる治療が可能ですが、難しい場合には角膜移植が行われます。
ヒトで初めて角膜移植が成功したのは1905年であり、火傷を負った45歳の農場労働者に対して、目の見えない(角膜は正常に機能している)11歳の子供の角膜を移植しました。
現在では、ドナーを必要としない「人工角膜移植」も可能であり、さまざまな研究が進められています。
ドナーいらず「新しい人工角膜」の移植手術に成功! コンタクトレンズのように目を覆い手術を簡略化
このように角膜には左右の差がないため、角膜移植をするという話の場合には、右眼から左眼への移植ということも可能になります。
しかし、角膜移植が解決するのは角膜に起因する問題だけです。
視神経の衰えや網膜の細胞減少による視力低下を回復させることはできません。
これを解決するには、眼球をそのまま移植する「眼球移植」が必要となりますが、眼球の場合には左右を無視した移植は可能なのでしょうか?
眼球移植において左眼と右眼を区別する必要はあるのか?

眼球をそのまま移植する場合、左眼を右眼に移植することは可能なのでしょうか?
その答えは、「理論上は可能」というものです。
私たちの眼球は左右どちらも同じ形、同じ神経構造をしているので、どちらに移植されたとしても大きな問題にはならないのです。
しかしこれは仮定の話です。
なぜなら、眼球移植に成功した例はまだないからです。
私たちの眼球と脳は視神経で繋がっていますが、この視神経は約100万本の神経線維で構成されています。
これを移植した眼球にすべて繋ぎなおすことなどほぼ不可能なのです。

また網膜の神経細胞から一度視神経を切断すると、神経細胞は機能を失い、再生することがないと言われています。
とはいえ、眼球移植の研究は哺乳類を対象にして続けられています。
現在の課題の1つは、移植した眼球が脳に信号を送れるよう、視神経の再生能力を改善することです。
2010年の研究では、神経細胞の成長や維持に関与する視神経のタンパク質が特定されました。
最近でも、カリフォルニア大学(University of California)とピッツバーグ大学医療センター(UPMC)の研究チームが、アメリカ国防総省の資金提供を受けて、眼球移植の研究に取り組んでいます。
彼らは、「神経細胞の再生能力を抑制する分子」の産生をブロックすることが、視神経の再生に役立つと考えています。
眼球移植が成功するのはまだ先のようですが、もし可能になれば、私たちは右眼か左眼かにこだわることなく移植を受けられるでしょう。
参考文献
During An Eye Transplant, Can A Left Eye Be Planted Into A Right Socket?