反物質というとなんだかSFの中だけに登場するよくわからないものというイメージがありますが、粒子加速器を使って生成することに成功しています。
ただ、粒子加速器で生成された反物質はとてつもない速度で移動してすぐに崩壊してしまうため、作れはするけどほとんど調べることができませんでした。
この問題について、今回CERNのALPHAコラボレーションという研究プロジェクトグループは、レーザー冷却による反水素原子の減速に成功したと報告しています。
この成果によって、今後は謎に包まれていた反物質のさまざまな性質が明らかになるかもしれません。
この研究は、3月31日付けで科学雑誌『nature』に掲載されています。
目次
反物質とはなんなのか?
作れはするけど測定できない反物質
反物質とはなんなのか?
今回の研究の重要な点は、反物質を測定するために重要な技術が実現されたというところです。
そのため、反物質とはなんなのか? なんで測定する必要があるのか? を知らないとなんの意味があるのかよくわかりません。
まずはそこから説明して行きましょう。もう知っているよという人はこのページは読み飛ばしてください。
この宇宙は無から生まれたと言われますが、世界は基本的には何もない真空でできています。
しかし、その真空はたまに崩れて有が生じてくるのです。
よくある例えでは、真空はきれいにパズルのピースがハマった板面だと言われます。
ここから、何かの衝撃でパズルのピースが1つポロッと落っこちると、そこにはピースと、ピースの抜けた穴が残ります。

このとき、落ちたビースが物質で、残ったパズルの穴が反物質と例えることができるのです。
パズルの穴にピースを戻せばもとに戻るように、物質と反物質は出会うと両者はこの世から消滅して無に戻ってしまいます。これを対消滅といいます。
私たちのこの宇宙は、そんな風にして、真空から抜け落ちてきた物質が集まって作られているわけです。
そして物質と反物質は完全に対称的な存在で、性質が反転している以外違いはないと考えられてきました。
しかし、そう考えるとある疑問が浮かんできます。
ならどうして、この世界は物質は満ちているのに、反物質と呼ばれるものはまったく見かけないのでしょう? どうして宇宙は反物質でなく物質で構成されることになったのでしょう?
考えられる可能性は1つで、それは物質と反物質が実は完全に対称ではないからです。
反物質のほうが物質より寿命が短い場合、世界からは徐々に反物質が消えて物質だけが残っていくことになります。
こうした話は専門的な言葉で「CP対称性の破れ」などと呼ばれます。
理論的にはこうした可能性はいろいろと指摘されてきました。
しかし、物理学は実際に実験で調べて目で確認するまでは事実とは信じない学問です。
そのため、反物質が本当に物質とは対称性を持たないのか? 持たないとしたらどういった性質が異なっているのか? 実際測定して調べなければなりません。
このために反物質を測定する研究というものが必要になって来るのです。
作れはするけど測定できない反物質
反物質はなんだかSF的な存在で、現実には見つけることも作り出すことも無理であるように感じます。
しかし、1995年、スイスのジュネーブ近郊にある素粒子物理学研究所CERNは、粒子加速器を使って、11個の反水素原子を生成することに成功しました。

反水素原子は、反陽子と陽電子から構成されたもっとも単純な反物質の安定原子です。これは物質と反物質の対称性をテストするための理想的な存在でした。
ただ、こうして生成された反水素原子は、とてつもない速度(光速の10分の9)で打ち出されてきて、すぐに壁にぶつかって消滅してしまいました。
生存していた時間は、わすが数十ナノ秒です。
反物質は、作ることには成功しましたが、とても実験で測定できるような状態ではなかったのです。
そこで、今度は作り出した反物質を減速させる方法が必要になってきました。
今回のALPHAコラボレーションが行う研究は、この部分に関するものです。
以前の研究で、ALPHAコラボレーションは1000個の反水素原子を何時間も磁場の中に捕獲することに成功しました。

これは非常に大きな成果でしたが、それでも反水素原子は磁気トラップの中を、時速300kmという速度でランダムに移動していたため、正確な測定を行うことはまだ困難でした。
物理学において温度とは、原子の運動量のことを指します。原子を減速させて観測したい場合、冷却して温度を下げる必要があります。
捕獲した反水素原子をさらに減速させるとしたら、これを冷却する必要があります。
捕獲した原子を冷却する方法として一般的なのは、捉えた原子を冷たいガスに浸すというものです。それだけで原子を減速させることができます。
しかし、今回の相手は反物質なので、冷えた物質のガスに触れれば対消滅を起こしてしまうため使えません。
そこで研究チームが使ったのが、レーザー冷却という技術です。