――適切な睡眠時間は、個人差があると思われますが、何か指針になるものはありますか?
阿部 はい、26歳から64歳までの成人で睡眠時間は、7時間から9時間が推奨されています(※1)。これはあくまでも一般人が対象の推奨時間ですので、身体を酷使するアスリートはもっと長く、9時間から10時間を推奨する専門家の声もあります(※2)。アスリートの睡眠に関しては、スタンフォード大学男子バスケットボールチームの研究(※3)が有名ですね。部員に最低10時間寝るように指示を出し、実際の睡眠が平均6.6時間から8.5時間へと延長したところ、シュートの成功率が上がったという研究があります。同じようにテニスプレイヤーに9時間の睡眠を取るよう指導したら、サーブの成功率が上がったという報告(※4)もあります。
――やはり睡眠とパフォーマンスは、密接な関係があるんですね。例えば試合前とか、ハードな追い込みをして疲労度が高い場合は、睡眠時間を意図的に増やすべきですか。
阿部 疲労度の違いによる推奨睡眠時間に関する提言は存在しませんが、サーカディアンリズムの視点からすれば、極端に睡眠時間は変えない方がいいと思われます。できる限りいつものリズムを崩さず起床・就寝し、身体に残った疲労はその他のリカバリー法で取った方が長い目でみれば、いいかもしれません。
――サプリメントの摂取や練習量の調整などですね。
阿部 あとは逆に身体を少し動かして調整するアクティブレスト、マッサージ、コンプレッションなどもありますね。
――睡眠時、人の身体はどんなことが行われているのでしょうか。
阿部 睡眠を取っている環境は、動物で言えば襲われる脅威がない安心できる状態なので、身体の中の構造改築に全エネルギーを集中するには一番条件が整っていることになります。ステージ4の睡眠時には特に顕著に細胞が増殖し、組織修復が進むわけですが、逆にいうと睡眠不足になれば、適切な細胞破壊が起こらなくなり、細胞増殖・修復が進まなくなってしまいます。筋タンパク質再合成も十分に起こらず、アスリートの重要なエネルギー源となる筋グリコーゲン貯蓄量が減少してしまいます。
――睡眠は重要ですね。
阿部 睡眠は肉体だけでなく、脳にとっても重要なものです。記憶形成、固定化、取り出し、または想像力や判断力も睡眠時に培われていきます。
――ちなみに、どのくらい睡眠を取れば筋肥大が促進しますか。
阿部 筋肥大にはこの時間、という確固たるエビデンスはないのですが、個人的にはさまざまな研究を総合して考えると、最低7時間は必要かなとは思っています。これは余談ですが、短い睡眠時間でも大丈夫というショートスリーパーの方は睡眠不足に対する耐性が異様に強い遺伝子をお持ちのようです。先祖が渡り鳥か何かだったのでしょうか(笑)。ただ、年齢を重ねて露呈する、蓄積していくダメージがないとも言い切れないので、個人的にはショートスリープはどんな方にもお勧めはしません。
――睡眠のサイクルは、90分区切りが理想という情報もありますが、これはいかがでしょうか?
阿部 1968年発表の論文(※5)によれば、ネズミが5分、人間が90分、ゾウはさらに長い100分の睡眠周期が存在するとされています。ただし、90分後に起きようとアラームをセットしても入眠までもたもた15分かかってしまえば時間にズレが生じてしまいますので、そこまで90分区切りにとらわれる必要はないかなと思います。あくまでも目安程度でいいのではないでしょうか。