AIにも睡眠が必要なようです。
米国のカリフォルニア大学(University of California)で行われた研究によって、人間の脳を模したAI「ニューラルネット」に生物の睡眠を模倣する「オフライン期間」を導入することで、古い仕事を忘れずに新しい仕事をこなせるようになったことが示されました。
人間の脳は睡眠中、目や耳などの感覚器官と手足などの運動器官とのリンクが大きく途切れ、脳内のみで学習内容を繰り返し、記憶の定着を促進します。
新たに開発されAIも睡眠期間中に中枢が感覚システムと運動システムから切り離され、中枢において学習内容が自発的に繰り返されるように設計されており、疑似的な睡眠を実現しています。
研究では睡眠の導入がAIの学習効率を劇的に向上させ、新しい学習内容と古い学習内容が上手く共存している様子が示されています。
研究者たちはAIに睡眠機能を導入することで、将来的に、より人間に近い動作が可能になると述べています。
眠るAIは私たちの未来をどのように変えていくのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年11月18日に『PLOS COMPUTATIONAL BIOLOGY』にて公開されています。
現在のニューラルネットは新しいことを学ぶとポンコツ化する
人間の脳を模したAI「ニューラルネット」の進歩は凄まじく、既に多くの分野で人間の認知力や判断力を上回る驚異的な能力を発揮しはじめています。
特にMRI画像やX線画像などを用いた画像診断、戦闘機同士のドッグファイトといった限定的な分野では、学習済みのニューラルネットは人間の能力を大きく凌駕し、今後人間からニューラルネットへの「交代」が予測されています。
しかし、そんなニューラルネットにも弱点がありました。
人間の医師や人間の戦闘機パイロットの場合、画像診断やドッグファイト以外にも、チェスを楽しんだり、料理をしたり、詩や歌の創作などさまざまな分野に能力を発揮することが可能です。
一方、画像診断が得意なニューラルネットにチェスを学習させたり、戦闘機のドッグファイトが得意なニューラルネットに料理を教えたりと別の分野を学習させると「壊滅的な忘却」と呼ばれる現象が発生し、優秀だったニューラルネットに圧倒的なポンコツ化が起こることが知られていました。
人間の医師やパイロットは新たな分野の学習をしても本職の能力を失うことはありませんが、それぞれの機能に特化したニューラルネットは、別分野の学習によって築き上げられてきた高度な神経回路が崩壊してしまうからです。
そのため画像診断専門のニューラルネットにチェスを教えればチェスしかできなくなり、戦闘機の空戦ニューラルネットに料理を教えれば料理しかできなくなってしまうのです。
そのため、あらゆる人間の仕事を代替できるような高度なニューラルネットを開発するには、この「壊滅的な忘却」の問題はどうしてもクリアしなければならないものでした。
そこで今回カリフォルニア大学の研究者たちは、ニューラルネットに睡眠の概念を取り入れるアイディアを試すことにしました。
近年の研究により、私たち人間が眠っているとき、脳内では起きている間に学んだ内容が何度も繰り返し再現され、記憶の再編と定着を行って、スキルの上達が起きていることが明らかになってきました。
前日までは何度練習しても上手くいかなかった動作が、一晩寝るとアッサリできるようになっているのも、睡眠によって学習内容の再編と定着が進み、脳内のネットワークが最適化されていたからなのです。
(※脳内のネットワークの最定期化と上達は睡眠以外にも、起きている間の休憩によっても発生することが知られています。何度やっても上手く演奏できなかった部分が、トイレから帰ってくるとアッサリできるようになっているのも、スキルの上達が練習中ではなく休憩中に起こるためです)
練習中ではなく「頻繁な休憩」がスキルを上達させると判明
私たち人間でも異なる分野の内容を学習すると既存の記憶との間に混乱が生じることが知られていますが、睡眠によって新しい学習内容が古い学習内容と上手くリンクするようになり、新しい知識を古い知識と組み合わせて応用や創作すら可能になります。
そのため、もし人間の睡眠中の脳の働きをニューラルネットで再現することができれば、ニューラルネットで起こる「壊滅的な忘却」を緩和し、複数の異なる仕事に精通する、マルチ機能のニューラルネットを作れる可能性がありました。
問題は、人間の睡眠の仕組みを、どのようにしてニューラルネットに落とし込むかでした。